私たちは何者で、何を守るのか──正解が見えない世界で最後に問われるのは、リーダーの「生きる哲学」

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前編に続いてデロイト トーマツ コンサルティング邉見伸弘とグロービス西恵一郎の対談をお届けする。

不確実性の時代と言われるが、そうしたビッグワードを前に思考停止するのではなく、正しく情報を読み解くことで一定程度予測や方向性のシナリオを考えられる部分がある。反対意見を当たったり、歴史を遡って大きな流れの中に位置付けてみたりすることで、情報を多面的・立体的に見る能力が、この時代を生きるビジネスリーダーには不可欠であると二人は語った。

しかし、そうやって情報の正しい理解に極限まで努めたところで、どこまで行っても確たる正解が見えないのも事実である。最終的にどんな決断を下すのかは、結局のところリーダー自身に委ねられている。そこで大切になるのが「生きる哲学」であり「プリンシプル」であると邉見は言う。それは西が繰り返し語ってきた「ビジョン」「志」の話でもある。


問われるリーダーのビジョン、哲学、プリンシプル

邉見:ここまでオーナーシップとかアンテナが大切である、あるいはカウンター・インテリジェンスの必要性について話をしました。もう一つ大事なのが、生きる哲学とかプリンシプルといったものです。さまざまな情報がある中、どの判断軸でどれを選び取るかは、その人自身に委ねられている。よくビジョンが大切と言われますが、私自身はそこまで大仕掛けなものでなくてもいいと思っています。むしろ何を守るのかという、ある種の矜持、これがこれからの大事なポイントになってくるのではないかと。

例えば地方創生みたいな話で言えば、今後通信システムが5G、6G、7Gと変わっていくと、リモートの働き方が当たり前になり、同時通訳機能も進化して、海外ともやりとりができるようになるでしょう。そうやって居場所の制約がなくなった時、それでも残るその土地・ソサエティの価値はどうなっていくのか。恐らくはその地の言語や物理的制約で守られてきたものではないと思います。何を大事にして生きていくのか、どういうコミュニティに所属するのか、あるいは作るのか。そういうことを考えていかざるを得なくなるのではないでしょうか。

これは地方に限らず国単位でも、あるいは企業についても同じでしょう。今回のコロナ禍が私たちに突きつけたものもまさにそれだと思います。経済をある程度優先させて世界を舞台に戦っていく社会を作るのか。あるいは相応の距離を保ってのどかに暮らしていくのがいいのか。こうした問いを否が応でも突きつけられていますよね。見方を変えれば、価値の再定義みたいなものを真剣に考えるチャンスであるとも言えます。いま与えられた時間でそれができるかどうか。不安なのは皆同じ。今後の成否を分ける分岐点に立たされていると思っています。

邉見伸弘
デロイト トーマツ コンサルティング合同会社 執行役員 チーフストラテジスト 国際ビジネスインテリジェンスリーダー  ハーバード大学国際問題研究所研究員  Deloitte Global Economist communityメンバー。国際協力銀行(JBIC)にてプロジェクトファイナンス、経営企画部門で国際投融資統括、カントリーリスク分析、アジア債券市場育成構想等に従事。その後、米系戦略コンサルティング A.T Kearny(現KEARNY)を経てデロイト トーマツ コンサルティングに参画。国際マクロ経済・金融知見を軸に、国際情勢分析を専門とする。メガトレンド分析、シナリオ及びビジョン策定、新興国参入戦略、M&A案件等をリード。日本政府、外資投資ファンド、総合商社、国内外金融機関及び大手製造業等を中心に業界横断型、クロスボーダー案件に多数従事。

西:きょうのお話の前半では、主に不確実な未来について考えるための情報の取り方について伺いました。でも結局は、自分たちが何者であるか、何を大事にするかという軸足がないとキツいということですよね。私自身、日本企業のリーダーたちと接する中で感じるのが、まさに「志」と「ビジョン」が圧倒的に欠けているということ。トップのリーダーシップで方向性を出している企業は強いんです。方向性さえ決まれば、日本企業は調整ができるからすごく強い。ですが、実際にはその方向性を出せないリーダーが多い。その結果、現場が右往左往してしまって力が一つになっていかないことが多いと感じます。

以前聞いて「なるほど」と思ったのですが、体の小さい日本人がなぜラグビーのスクラムで強いのか。それは足が同じ方向に揃っているからだそうです。そうすると力が前に伝わる。足が違う方向を向いていると、日本人は体が小さい分、パワーで負けてしまう。でも足並みを揃えれば団結出来る。ビジネスにもおそらくは同じことが言えますよね。世の中はもう、誰かの後追いをすれば勝てる世界ではなくなってきています。それぞれが旗を立てないといけないし、組織はそこに向かって団結していく。だからリーダーには、旗を立てる力が求められているんです。

そのために必要なのが、不確実な中でも確実に起きていくことを考えていく力。そして、そのために求められるのが正しく情報を読み解く力だと思っていて。だからこそ、そうした情報に対する関心が日本企業の中で下がっているというお話を最初に聞いて、実はショックを受けたんです。

西恵一郎
株式会社グロービス  グロービス ・コーポレート・エデュケーション部門マネジング・ディレクター。三菱商事株式会社にて、不動産証券化、コンビニエンスストアの物流網構築、商業施設開発のプロジェクトマネジメント業務に従事。B2C向けのサービス企業を立ち上げ共同責任者として会社を運営。グロービスの企業研修部門にて組織開発、人材育成を担当し、大手外資企業のグローバルセールスメソッドの浸透、消費財企業のグローバル展開に向けた組織開発他、多くの組織変革に従事。海外法人を立上げ、現地法人の経営を行う。現在はコーポレート・エデュケーション部門マネジング・ディレクター兼中国法人の董事を務める。

邉見:なるほど。そういうことでしたか。おっしゃる通り、企業人となると確かにそういう話になりますよね。ただ、個人レベルでは話は異なってくるのではないでしょうか。

立ち上がり方という点では、今回のコロナ禍に際して、日本人の動き方は世界的に見ても見事だったのではないかと。マスクはどこで売っている、何を買い込むといいとか、個人が自分で情報収集する。そういうことを日本人は真っ先にやりました。ほぼ混乱も無くです。もちろん行列もできましたが、他国と比べれば相当マシでした。これは個人が本気で情報収集をしたことにもよるかと思います。

もはや国や行政には頼れないとの逼迫した状況がそうさせたのかもしれません。社会同調圧力が効いたという考え方もあるでしょう。しかし個人の力、日本人一人一人が持っているアンテナとか情報収集能力、状況適応能力は想像以上に強い。日本の強さは集団力と言われることもありますが、本当にそうなんでしょうかね? 個人の負担で企業なり社会なりが支えられている部分もあるのではないでしょうか。問題はそれをどういう形で組織の力に変えていけるか、だと思うのですが、そこは西さんにお聞きしたいところです。

西:それこそがまさにリーダーの力が問われるところだと思うんですよね。おっしゃるように、各個人、あるいは各家庭レベルで言えば「こうしたほうがいい」というものはもう持っていて、それに基づいて行動しているのでしょう。

でも、一方で大阪府知事が明確に方向性を示した瞬間に、あの地域は明るくなったと思うんですよ。当時の不確実性の高い状況でわざわざ方向性、つまり旗を立てにいくのは、かなりのリスクだったと思います。ですが、リーダーがリスクを負ってでも旗を立てたことで、そこに向けて頑張ろうと思えたのではないでしょうか。仮に旗がなくても各人は頑張ったかもしれませんが、府知事の行動によって力が湧いてきた。リーダーの力というのはああいったものを指すのだと私は思いました。

「完全ではない」という自覚が、リーダーを育てる

邉見:非常時に問われるのはリーダーの力量いかん、その通りですね。西さんはまさに未来のリーダーを作ることにも取り組んでいらっしゃるわけですが、リーダーを育てるとはどういうことですか? どんな資質が大切になるとお考えですか?

西:未来が変わっていく、新しいものを作り出していかないといけない状況にあると考えると、リーダーにとって大事なのは「自分は完全ではない」と謙虚になることではないでしょうか。ビジョンであり軸が重要という話と少し矛盾するように聞こえるかもしれないですが、もはや自分一人が全部を知っていて、全部を決められる状態ではなくなっています。

だとすると、そのことをまず自覚し、みんなに頼りながら知恵を集めていくことが非常に大事。そういうマインドセット、頼ること、知らないことを聞くのがいいことなんだときちんと認識してもらえれば、リーダーは育成できるのではないかと思います。逆に言えば、そういうマインドセットを持った人を選んだほうが思いますね。

邉見:なるほど。

「自分は完全ではない」と自己認識し、周りに頼れることこそが、リーダーに必要な素質だと西は言う。

西:組織に対して次にやるべきことは心理的安全性を作ることです。要するに、この組織では何を言ってもいいという状態を作ること。いくらリーダーが「皆さんの本音が知りたい」と言ったとしても、意見や情報を伝えた際に否定されることがあれば、誰も何も言えなくなってしまいます。

でも、意見を述べることにリスクはない。「何を言ってもいい。失敗しても大丈夫」という空気を組織全体に作っていけさえすれば、いろいろな人がいろいろな意見を出してくれる。多様な意見を聞いて、それぞれの目線や角度から見ることで、お互いがいま考えるべきものの中心を理解できるようになるし、組織が納得できる判断も作れるだろう、と。もちろん、中には意見がばらつく状況で、それでも決めなければならないこともありますが。そこは決める勇気が必要ですよね。

邉見:決める勇気もそうですが、人の意見を聞く、「自分が完全ではない」と自覚することは結構大変ではないかと思うんです。そこはどういう自己訓練で磨くのですか? それとも素質によるものですか?

西:難しいですが、失敗から学ぶ経験は大きい気がします。そう思う理由には二つあって、一つは失敗した経験を通じて、自分の現状を正しく受け止める力、自分がよくなかったと受け止められる自己認識の力が備わること。もう一つは、そう受け止めた上で、改善していけばうまくいくのだという自己効力感もはぐくめることです。この二つがあることがリーダーにとっては大事だと思います。こうした経験が原体験としてあれば、ちゃんと現実を直視して受け止めることができるし、それを乗り越えられれば良い世界を作れるという信念を持って、方向性を打ち出していくこともできるのではないでしょうか。

邉見:面白いですね。西さんはリーダーシップという観点から取り組まれていく中で、価値観とかビジョンとかに行き着かれた。私は国際情勢分析を専門とするので、情報戦からアプローチしてプリンシパルの重要性を感じた。真実の解明とまでは言いませんが、不都合な事実も含めて情報の取捨選択をした上で、進路を選んでいく。ただ、最後に何かを選んでいく際には、やはり何らかの基本的な視点がなければいけない。やはり究極的には人がどうあるべきかという哲学に行き着くのでしょう。哲学という点で、西さんが特に大事だと思っている要素には例えばどんなものがありますか?

西:すごく難しいですが、「真・善・美」みたいなことなのかなと思います。まず「真」というのは、いろいろな情報がある中で、何が真実なのかを自分なりに探っていくということです。ここはもしかしたら、邉見さんのやられていることに近いかもしれません。次に「善」というのは、何が善いのか、自分は何を善いと思うのかという世界です。これには価値観も入ってくる。ただし、独善的だと誰もついてこないから、みんなが善いと思うものを自分も善いと思えるかどうかが大事でしょう。最後の「美」も真に繋がると考えてますが、とりあえず置いておいて(笑)、経営者の方が後継者を選ぶ際に「最後の決め手になるのは人間力だ」とおっしゃるのは、まさにこの二つの世界のことを言っているのかなと思います。

国際情勢分析を専門にする邉見と、組織と人の専門家としてリーダー育成に取り組む西。専門分野は違えども、「最終的には人がどうあるべきかという哲学を持つことが大切である」という結論は共通している。

邉見:最後はスキルセットでは勝ち抜けないということですね。まして危機的状況においては、限られた情報で意思決定しないといけないわけですからね。燃えさかる炎を前にして、そこに自分なりの価値判断がなければ、立ちすくんで焼け死んでしまうことになる。やはり詰まるところは、スキルセットを超える、何らかのプリンシプル、哲学があるかどうかが大事ということでしょうか。

一見無駄に思える情報をあえてとっておく

西:我々のリーダー教育も、経営課題をプロジェクト形式で取り組んでもらいますが、対象者にとっては常にチャレンジングなんです。本来の階層としては二つくらい上の人が考えるはずのテーマを扱うので、この人たちからするとイメージが沸かない。それ以前に、そもそも経営には正解がないですし、答え探しをしても仕方がない。手探り状態でプロジェクトは進んでいきます。ぼくはこれを「暗闇のトンネルを走り続ける感覚」と言っていて。暗闇で前が見えないからと言って、トンネルの途中で立ち止まってしまっては絶対にゴールにはたどり着かない。だから、暗闇の中でも全力疾走できる人は強い。

そこで歩く人なのか走れる人なのかでも全然違うわけですが、それでも前に進めば絶対にゴールにたどり着く。暗いとどうしても立ち止まってしまうけれど、どこかにゴールがあるはずと信じて進んでいける人が強くなれる。これを「トンネルを全力疾走する力」と言っています。

邉見:うーん、どうだろう、暗闇を全力疾走する力か……。どうもそれは私には難しいですね(笑)。

西:いやいや、それは邉見さんが”見えている人”だからじゃないですか。情報を扱うプロで、光の位置がちょっとでも見えているから。

邉見:いやいや違いますよ。暗闇を全力疾走することはできない。暗闇だったら…一旦私は寝ますね。「風と共に去りぬ」のスカーレットオハラではないですが、「明日は明日の風が吹く」(笑)。でも、それも結構大事なことだろうと私は思うのです。わからない時は一旦休んで、明日また考える。情報戦をやっていてすごく重要なのは、この”寝かす行為”だと思っています。わからない時はわからないので、あえてそこで判断しない。そうすると、味噌のように”発酵”してくることが結構あるんです。時間が経つと、そこに新しいものが加わって、線になったり、さらに面になったりすることもある。

西:情報は発酵するんですね、腐ってしまうのではなく。

リーダーは、どんなに暗いトンネルでも全力疾走する力が求められる。しかし、わからないことはすぐに判断せず、しばらく寝かすことも必要だ。それが後に、暗闇に差し込む光となることもあるからだ。

邉見:そうなんですよ。これに関してはずっとやり続けてきたことがあります。最近は紙からだいぶオンラインに変わってしまいましたが、以前は新聞の切り抜きを毎日やっていました。15年くらいにわたって。毎日世界中のメディア10~15誌に目を通す。気になった記事はビリっと破いて、スクラップブックにはさむ。カテゴリごとにフォルダに入れて寝かせておく。もちろんそこには自分の意見も書いておきます。溜まってきたら、それをまとめて読み直す。そうすると違うアイデアが出てくることが結構ある。

ですから、暗闇の中を全力疾走できないかもしれないが、”情報の貯金”をしておくことは出来る。短期的には利益を生んだり成果に繋がったりはしないが、アンテナに引っかかってきたものを一旦フォルダに置いておくことは一定の意味があると、経験上からは思うのです。

私は北東アジア情勢や経済協力、通貨危機への対応が元々の専門ですが、専門がズバリ生きるなどということは滅多にない。たまに自分にとっての「1丁目1番地」で起きたと思ったら、次の日の1面はゴシップ記事だったなんてことがザラです。一方で、たまたまスクラップしておいたネタが忘れかけたころにまったく別の文脈で蘇ってくるということが結構起こる。ですから、これは長い人生においても言えることかもしれませんが、無駄だと思うけれど引っかかるものを置いておく。短期では合理的に見えないけど、結構重要な行為なのだろうと私自身は思っています。地味な作業ですけど、続けていかないと。すみません、余談になってしまいましたが。

西:いやいや、全然余談じゃないですよ。結構きょうの話と繋がった気がします。やはり何かの判断にはストーリーが大事です。でも、ストーリーを作っていくためにはある程度情報をストックしておかないといけない。振り返ればそれがストーリーになることもあるという話ですよね?

邉見:ストーリーは作ろうと思っても、なかなか思うように出来ないものです。私は長く国際情勢分析をやってきましたが、もともと大学ではダブルメジャーで国際関係法に加え、元映画監督の教授に師事していました。そこで「ヒッチコック・トリュフォーの映画術」を学んだ。映画の脚本やストーリー、演出について書かれた対談集です。それがいまになって結構役立っている。

例えばヒッチコックは、暗闇の中で恐怖を煽る時は、ただ暗闇を撮るだけではダメだと言っています。それでは怖さにならないのだと。まず、一見無関係な猫を歩かせる。そして猫が振り返って、また戻っていくシーンを入れる。そうすると観客は、何かあるのかもしれないと意味を感じる。一見無駄に思えるけれども、人のエモーションを刺激しているのです。だからフィルムカットには必ずそういう遊びを入れておけという議論があります。

似たような話はコンサルティングの先輩からも教わりました。起承転結のロジックだけではダメ。引きがある「ヒカリモノ」をどう入れるかというのが一つのポイントで、ロジカル・シンキングだけではストーリーとしては不十分であると。一見、無駄に思えるこうした学び、遊びが後々のキャリアに活きているという話です。そうしないとバイアスに支配されて、見たいものを見てしまう。ですから、その時点では意味がわからなくても、遊びとしてとっておく。すると、まったくの暗闇にしか思えなかったトンネルにも、ある時ふと光が差し込むということもあるのではないでしょうか。

  • TEXT BY 鈴木陸夫
  • PHOTOS BY 西田香織
  • EDIT BY 谷瑞世
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