Voicy・緒方憲太郎は道に迷ったらオモロい方を選ぶ──人生という冒険を豊かにするための“ハードスキル重視”のキャリア論

※この企業の求人は現在掲載されていません

2021年冬、日本を席巻したClubhouse旋風。一時期のブームは落ち着いたものの、日本に音声コンテンツを聞く習慣を広げた功績は大きい。

想定外の追い風を受けて、国内で先駆けて音声プラットフォームを提供してきたVoicyの月間ユーザー数は2020年末からの3ヶ月で2.5倍に成長した。現在250万人の利用者がVoicyの音声コンテンツを日常的に楽しんでいる。

2016年の創業時は「動画の時代に音声なんて伸びるはずがない」と周囲から散々言われてきた。それでも粘り強く事業を育ててきた、株式会社Voicy代表取締役CEOの緒方憲太郎とは、一体どのような人物なのだろうか。

元公認会計士という、起業家としては異色の経歴を持つ緒方。「道に迷ったらオモロい方へ」という独自のキャリア論には、人生という冒険を豊かにするためのヒントが詰め込まれていた。


人類は「声」という資産を垂れ流し続けてきた

――緒方さんは、Voicyはいまどのようなフェーズにいると認識していますか。

世の中は「誰もが画面がなくても情報を得られる世界」に変わっていくと思っています。Voicyは、「おじいちゃんの時代って画面がないと情報が得られなかったの?」と言われる時代が来たときの、情報配給のインフラになっていたいんです。

しかし、その時代が来るまではまだ10年近くかかるでしょう。まずは声で発信し、声から情報を得る文化を形成しなくてはなりません。YouTubeを通じて誰もが動画で発信できるようになったように、声を“大衆化”する。Voicyはその仕組みづくりや世界観の構築に取り組んできました。

その結果、声で発信する人、声から情報を得る人の両方が増え、パーソナリティの中には数万人にリーチできる「声のインフルエンサー」も生まれました。こうした状況を踏まえると、文化の醸成については一定の水準には達したと認識しています。

緒方憲太郎
株式会社Voicy 代表取締役CEO。大阪大学基礎工学部卒業後、大阪大学経済学部卒業。同年公認会計士合格。2006年に新日本監査法人へ入社。その後Ernst&Young NewYork、トーマツベンチャーサポート、にてスタートアップから大企業まで経営者のブレインとなるビジネスデザイナーとして多数の会社を支援。2016年次世代音声市場のリーディングカンパニーの株式会社Voicyを創業し、新しい音声文化づくりとワクワクする価値を生む会社づくりに挑戦中。

――では、「文化の醸成」のネクストステップとしては、何を描いているのでしょうか?

いま腰を据えて取り組んでいるのは、音声プラットフォームの産業化です。ユーザー課金の仕組みを導入し、企業を巻き込むなどして、“お金が動くマーケット”の形成を目指しています。

動画だけで生計を立てているYouTuberはたくさんいますよね。でも、まだVoicyの世界では月100万円以上の収入を得られる方が数人生まれてきたタイミングです。今後Voicyでも、YouTuberのように収入を得られるパーソナリティが多く生まれ、ビジネスとして十分に成立すると明らかになれば、企業の間に音声コンテンツを活用する流れが生まれるはず。まずはその段階まで持っていきたいと考えています。

――Voicyのミッション「音声で社会をリデザインする」の意味についても詳しく教えてください。「リデザイン」という言葉が特徴的だと思いました。

「リデザイン」には、「社会をつくり変える」というようなニュアンスはありません。僕らがやりたいのは、「現状の仕組みに音声をプラスするとさらに良くになるのでは?」という提案です。いま世の中にあるもので、わざわざ文字にしなくても良さそうなものってたくさんあると思いませんか? 例えば、遺言や電報。声のままの方が豊かに伝わりますよね。

――「豊か」というのは、単なる情報量の豊かさに加えて、声そのものが持つ感情や温もりといった意味も含まれていますか?

むしろそっちの方が大きいですね。いまのユーザーは正しい情報もそうですが、自分が好きな人の考えていることを知りたがっています。ものが溢れる時代に、安くて質の良いだけのものよりも、想いの込もったものをほしくなるのと同じです。

――そのような「豊かさ」を意識したのは、何かきっかけがあったのでしょうか。

影響を受けたサービスの一つはミクシィです。当時は日記を書いて人に見せる文化なんてありませんでした。なくても困らないサービスなのに、あることによって新しい文化が生まれ、友達ができたり、結婚したりする人が出てきた。それは、ITで「温かみ」を表現することに成功していたからだと思います。

自分が起業するなら、ミクシィ以上に温かみを表現できるサービスをつくり、「なくてもよかった世界」から「あってよかった世界」の“差分”を大きくすることに挑戦したいと思ったんです。

――声のビジネスの原点には、そのような発想があったのですね。

声って、歴史上垂れ流されてきた資産だと思うんです。スティーブ・ジョブズのスピーチはいまだに大切に聞かれ続けていますが、残っていない声のほうが圧倒的に多い。余談ですが、うちの母は死んだばあちゃんの声が残っているFAX電話をいまだに捨てられずにいます。

大切な声が全部アーカイブされたら、人間の感じられるハピネスの総量はどんどん大きくなる。そういう人間味あふれるプラットフォームを成長させることによって、産業化を成功させたいと考えています。

緒方が目指すのは「なくてもよかった世界」から「あってよかった世界」。その“差分”を大きくする上で、「声」ほど価値のある資産はないと考えた。

大抵の漫画の主人公には「ハードスキル」しかない

――緒方さんは公認会計士からキャリアをスタートしていますが、学生時代はご自身の将来についてどのように考えていたのでしょうか。

大学生がキャリアを考えるなんてナンセンスだと思っていました。就活生による行きたい企業ランキングって、「ラーメン食べたことない人よる、行きたいラーメン屋ランキング」みたいなものじゃないですか(笑)。考えてもしょうがないから、まずはいろんな企業を見れる職種に就きたかったんです。

そして自分は持久走のように走り続けることが苦手だったので、例えば「2年働いたら1年休む」みたいな生き方をするなら、資格はあった方がいいなと思いました。実際、休職して一年間海外旅行に行けたのは、帰ってきたらなんとかなると思えたから。キャリアに対する攻めの姿勢を持てたのは良かったですね。

――それでも、公認会計士の道を進み続けることはしなかったのですね。

日本で4年、アメリカで2年公認会計士をやりましたが、自分には向いていないと明確に感じました。この世界で活躍しているのは、決められたことを正確にやるのが得意な人たち。一方、自分は自分なりの答えを出すことが好きだったので、面白くなかったんです。

でも、この経験のおかげで自分とは違う人の凄さを知りましたし、向いていない仕事でも自分がどこまでできるかわかったので、無駄ではなかったと思います。新卒の頃に戻ったとしても、他の仕事を選び直したいとは思わないですね。

そもそも、失敗のないように先々までピンと糸を張ったようなキャリアを歩む必要はないと思うんです。キャリアを充実させる上で重要な“ハードスキル”は、いろんな場所でいろんな人と話して、いろんな挑戦を重ねることによって磨かれるものなので。

――“ハードスキル”とは、何ですか?

仕事で必要なスキルには2種類あります。一つはソフトスキル。例えば簿記のように、仕事上で必要とされる技術のことです。もう一つはハードスキル。これはストレス耐性が高いとか、視野が広いとか、仕事をする上でベースとなる根本的な性質のことです。

漫画の主人公を思い浮かべてみると、大抵強いのはハードスキルですよね? 簡単に諦めなかったり、仲間を大切にしたり。そういうハードスキルがもともと高いから、最初は特別な技術がなかったとしても冒険がどんどん面白くなる。

仕事も同じです。ハードスキルが高ければ、ソフトスキルが高い人と一緒に働く機会を得られます。例えばトップレベルのデザイナーと仕事をすることによって、普通のレベルのデザイナーよりもはるかに良いデザインの感覚を得られることがあります。

このように、本来キャリアはハードスキルを鍛えることによって面白くなるはずなんです。それなのに、「若い頃にソフトスキルだけ揃えておけばあとは楽ができる」という考えの人が圧倒的に多い気がしませんか?

キャリアの序盤でするべきことは、ハードスキルを鍛える経験を重ねることのはず。ソフトスキルなんて後でなんとでもなりますから。

常にベストな選択をする必要なんてない

――緒方さんは「道に迷ったらオモロい方へ」という指針も掲げています。オモロイ方とは、具体的にどのような方向なのでしょうか?

自分の場合は、自分にしかできない新しいもので多くの人を喜ばせること。そのとき、ユニークさやユーモアを誰よりも発揮できそうだと、「オモロい」と感じますね。

――「面白い」ではなく「オモロい」と仰っているのは、緒方さんが関西ご出身であることのほかに何か意味があるのでしょうか?

あります。「オモロイ」には「しゃあないなぁ」という愛情がこもっている気がするんです。損してもそれがネタになって周囲の笑顔が増えたら、オモロくなるじゃないですか。例えばワンピースなら、ウソップを連れて行くことはベストソリューションじゃないかもしれないけれども、連れて行くのはオモロいからですよね?常にベストな選択をする必要なんて全然ないと思います。

就職も結婚も何でもそうですが、周りから見たときのベストを探そうとすると苦しくなってしまうんだと思います。不動産選びもそう。みんなが好きな街で物件を探そうとするから、競争が激しくなってしまう。でも、少々高くてもオフィスの近くに住みたいという気持ちがあるのなら、客観的には家賃で損をしているように見えても、本人は多くの効用を得ているわけです。

大切なのは自分の価値観をちゃんと知ること。「他の人は3しか楽しめないかもしれないけど、自分は8楽しめるんだよね」というものを、選ぶべきなんですよね。

失敗のないように先々まで見通したキャリアを歩む必要はない。挑戦を重ねることによって磨かれる“ハードスキル”がキャリアを充実させる上で重要なのではないか。

――「オモロい方へ」というのは、主観的な感覚を大切にするという意味合いもあるのですね。自分の価値観でオモロい方を選べるようになるためには、何から始めたら良いと思いますか。

自分の考えが正しくない可能性に思いを巡らせることだと思います。

もともと自分は、ほとんどの人に対して「こうした方がいいんじゃない?」って思っていたんですよ。例えば、コンビニの近くでしゃがみこんでいる人を見たら、「そんな暇あったら勉強したらいいのにな」とか(笑)。でもそれは、その人が数ある人生のカードの中から選択したことなんです。

それなのに自分の考えが正しいと思い込んで、人を否定していると自分自身を苦しめてしまう。それが結果的に自己肯定感も下がってしまうんです。「自分の考えは必ずしも正しくない」と思えるようになると、思考の鎧が外れて人を肯定できるようになる。すると、どんどん自分も許せるようになります。

その延長線上で、この問いを自分に問うてみるのがいいと思います。「あと一年で死ぬと決まったら何をしますか?」と。「いまやってること全部やめます」と言う人が多いのですが、自分やキンコンの西野さんなんかは、「いまやっていることがどこまで進むかを見る」と答えます。そう自信を持って言えるだけのものを選べると、人生のオモロイ度はグッと上がると思いますよ。

Voicyを「自分の想像を超え続ける場所」にしたい

――今後のVoicyの成長に伴って、社会はどのように変化していくでしょうか。

僕らの産業形成に伴って声で収入を得る人は増え、自分の声で世界観を届ける行為は、誰もができることとして市民権を得ていくと思います。

また、音声広告の市場も盛り上がるでしょう。企業は広告でアテンションを獲得することがどんどん難しくなってきており、エンゲージメント重視の広告にシフトしつつあります。そこで「聞けば聞くほど好きになる」という特徴を持つ音声は、大きな役割を果たせると思うんです。CMなどに比べると圧倒的に安価で簡単につくれるのもポイントです。

広告だけでなく、ブランディングやマーケティング、社内コミュニケーションのツールとして、企業は声を活用するようになると思います。

――企業がどのように声を活用していくのか注目したいと思います。最後に、緒方さんの「ビジネスデザイナー」という肩書きについて聞いてみたいのですが、なぜそのような特徴的な肩書きを名乗っているのでしょうか。

そもそもデザインとは、目に見えるものをつくることだけを指すのではないと思っています。デザイナーの役割とは、「変化をもたらす仕組みを設計すること」だからです。

その意味では、社会は全てデザインでできていると言っていい。世の中と自分たちの現状を因数分解し、描く未来との間を細かく設計していくことで、さまざまな変化を生み出すことができます。自分はVoicyというビジネスを設計することによって、世の中に多くの差分を生んでいく役割を担っているので、「ビジネスデザイナー」という肩書きを名乗っているというわけです。

――では緒方さんは今後、Voicyという会社をどのようにデザインしていきたいと考えていますか?

いま言ったことと反対のことを言うようですが、デザインって綿密に設計するだけが全てではなくて、勝手に組み上がって行くものでもあるんです。放っておいたら膿が出てくることも、反対にめちゃくちゃ良くなることもある。

Voicyのプラットフォーム上に、僕らの想像していなかったプレーヤーが参入し、想像していなかったコンテンツが生まれ、想像していなかったユーザーが利用するようになる。そういう、常に自分の想像を超えていく状態が続く「場」をデザインしていきたいなと思います。

変化をもたらす仕組みを設計することを自身の役割と捉える緒方。それは同時に、自分たちの想像を超えていく状態が続く「場」をデザインすることでもあるのだ。
  • TEXT BY 一本麻衣
  • PHOTOS BY 田野英知
  • EDIT BY 瀬尾陽(Eight Career Design)
キャリアにエッジを立てる