経営者の想いにSynchronizeする──マネーフォワードシンカが目指すのは、スタートアップ業界にエコシステムをつくること

スタートアップ企業を対象に、フィナンシャル・アドバイザリーや経営支援サービスの提供をしているマネーフォワードシンカ株式会社。同社は、マネーフォワードがIPOやM&Aを通じて培ってきたノウハウをスタートアップ企業の成長に役立てることを目的に2019年9月に設立された。それから1年半でどのような貢献をしてきたのだろうか。同社を率いる代表取締役・金坂直哉、ディレクター・中島力弥、シニアコンサルタント・甚野広行の三名にお話を伺った。


マネーフォワードが培ってきたノウハウでスタートアップを支援

──最初にマネーフォワードシンカが設立された経緯について教えてください。

金坂直哉(以下、金坂):マネーフォワードは2017年に東証マザーズ上場を果たしたのですが、その過程で培った資金調達やM&A、IPOなどに関するノウハウをコンサルティングサービスとしてスタートアップ企業に提供することで、経営者が抱える課題の解決や企業の成長に役立てることはできないかと考えました。というのも、私自身がCFOとして上場の際に奔走したのですが、業務を進めていくうえで相談できる相手がなかなかいませんでした。これはスタートアップ経営者の多くが抱えている問題でもあると感じています。その支援のために設立したのが「マネーフォワードシンカ」です。

──なぜスタートアップ企業にフォーカスして事業に取り組まれているのでしょうか。

金坂:これは私自身の体験にひもづいています。私がマネーフォワードに入社したときは30人くらいの会社でしたが、現在はIPOやM&Aによって900人ほどの規模にまで大きくなっています。もう少し昔の話をすると、2012年くらいに、前職のゴールドマン・サックス証券でUberのプロジェクトに少しだけ携わっていたのですが、ものすごい勢いで世界を変革している様子を間近で見てきました。

両社ともに最初はすごく小さな組織でしたが、いまでは社会に影響を与えるまでになっています。そういった可能性をスタートアップ企業が秘めている一方で、経営者はときに孤独です。特にM&AやIPOのような重大なアクションをする場合は相談相手が限られてしまうし、社内の知見やリソースだけでは準備が不十分になることも多い。だからこそ、私たちのような存在が必要だと考えました。

金坂直哉
マネーフォワードシンカ株式会社 代表取締役
ゴールドマン・サックス証券株式会社の東京オフィス、サンフランシスコオフィスにて約8年間勤務。テクノロジー・金融業界を中心にクロスボーダーM&Aや資金調達のアドバイザリー業務、ゴールドマン・サックスが運営する投資ファンドを通じた投資及び投資先企業の価値向上業務に携わる。2014年よりマネーフォワードに参画し、2017年に取締役に就任。2019年9月にマネーフォワードシンカ設立、代表就任。

──中島さんと甚野さんは、どのような経緯でマネーフォワードシンカに参画されたのでしょうか。

中島力弥(以下、中島):私はもともと東京海上HDで海外M&Aなどを担当していたのですが、当時担当していた買収案件が落ち着いたタイミングで、今後のキャリアについて考えることがありまして。そのとき相談していたキープレイヤーズの高野秀敏さんから金坂さんをご紹介いただいて、一度お会いしたいと思ったんです。ただそのときはマネーフォワードに転職しようとは考えていた訳ではなかったのですが、金坂さんからマネーフォワードシンカのビジョンや事業構想を聞いて、「難しそうだけどすごく面白そうなチャレンジだな」と直感的に思ったんです。

投資銀行などのいわゆるフィナンシャル・アドバイザーのビジネスモデル的に、金銭的な余裕のないスタートアップを対象にすることはおそらく難しい。また同時に、素晴らしいプロダクト/サービスを持ちながらも、ファイナンスの壁にぶつかり、うまく事業をスケールできない企業が多いことにも課題があります。マネーフォワードシンカとして、そこに一石を投じていけることになるのかなと。もともと、僕自身がクライアントの経営課題の解決に携わりたいと考えていたこともあって、何度かの話し合いの末にジョインしました。

中島力弥
2012年東京海上日動火災保険株式会社入社後、国内大手鉄道グループ100社超のリスクコンサルティングに従事。2016年に東京海上ホールディングスに出向、海外拠点のリスク管理に従事したのち、グローバルM&Aチームにて買収ターゲット分析、デューデリジェンス、タイ損保買収プロジェクトなどを担当。2020年1月よりマネーフォワードシンカに参画。資金調達・M&Aプロジェクトなどに加え、未上場株式売却アドバイザリーおよびキャリア支援サービスの新規事業の立ち上げ、経営戦略・経営企画などを担当。

甚野広行(以下、甚野):私は2019年にバークレイズ証券株式会社に入社して、おもにM&Aや資金調達のプロジェクトに携わっていました。大きなプロジェクトに携わる機会もいただき、やりがいもあったのですが、チャレンジする人たちを応援する存在になりたいという気持ちが次第に湧いてきて。そのタイミングで「HIRAC FUND」(マネーフォワードグループが運営する、シード・アーリーステージのスタートアップを支援するアントレプレナーファンド)の存在を知り、知り合いを通じて代表パートナーの古橋智史さんに話を伺う場を設けていただきました。

しかも、それから1週間後に金坂さんとも話をする機会をいただき、そこでHIRAC FUNDとマネーフォワードシンカを半分ずつ受け持つ形で参画しないかとオファーを受け、シード・アーリーステージからエグジットまで首尾一貫でサポートできることに意義を感じて転職しました。

金坂:甚野さんが学生時代、中島さんと会っていたエピソードは話さなくてもいい?

甚野:実は就職活動時、東京海上日動から内定をいただいたのですが、最後に面談していただいたのが中島さんでした。すごく親身になって話を聞いてくれたのですが、「君の将来やりたいことを聞く限り、東京海上日動じゃなくて、バークレイズ証券で力をつけた方がいい」と言われて(笑)。

中島:もちろん入社を決めてもらうことが目的だったんですけれど、彼が本当にやりたいことを考えると東京海上日動じゃないと思ったんですよね。あのときは大きな魚を逃したと思いましたが、まさかこんな形で巡り会うとは思ってもいませんでした(笑)。

甚野:だから、転職を考えているときにマネーフォワードシンカのWebサイトで中島さんを見つけたときは驚きました。それですぐにFacebookのメッセンジャーで連絡をしたのですが、中島さんはピンときていなかったみたいですけど(笑)。ただ、中島さんが働いているとわかったことで自分が働くイメージも湧いたし、転職の意思決定をする後押しになりましたね。

設立して間もないタイミングでコロナ禍という想定外の事態に見舞われたが、チームの方向性を合わせるために積極的にコミュニケーションを取ることで信頼関係を築いてきた。

スタートアップ企業のアウトプットを最大化するために

──マネーフォワードシンカでは、ミッションに「経営者の想いとSynchronizeし、経営者とともに進化する。」を、ビジョンに「顧客企業を、この国のビジネスを牽引する強い集団へ。」を掲げています。それぞれに「経営者」と「顧客企業」という、似ているようで異なる言葉が使われていますが、どうしてこのような使い分けをしているのでしょうか。

金坂:このミッションとビジョンは、コピーライターの渡辺潤平さんに一緒に考えていただいたものなのですが、“想いをSynchronizeする”相手は組織ではなく人なので、そこは「経営者」なんですね。一方で、僕らはクライアントとなるスタートアップ企業のアウトプットを最大化する支援をしたいので、ビジョンでは「顧客企業」という言い方をしています。

──中島さんと甚野さんは、どういったときにミッションとビジョンを意識しますか。

中島:僕たちは、ただ単純にM&Aや資金調達を成功に導くだけが目的ではないんですよね。我々のご支援によってスタートアップ企業がさらに成長して、世の中に大きなインパクトを与えることで、それに影響を受けた新たな起業家が現れる。そして、また世の中を変える挑戦をしていく、というエコシステムをつくりたいと思っています。特にスタートアップ企業は、社会課題を解決したいとか、世の中に変革を起こしたいという熱い想いを持って取り組んでいる人が多いので、それぞれの経営者が抱いている想いに寄り添って伴走していく必要があると思っています。それができないのであれば、フィナンシャル・アドバイザーが介在する価値はあまりないのかなって。

甚野:自分は「進化する」という言葉に強く共感しています。それは自分自身が投資銀行からスタートアップ企業に転職したことも関係していて。正直なことをいえば、まだわからないことだらけですし、学ぶべきこともたくさんあるんですね。でも、日々の業務を通じて成長している実感もあって。そういう姿勢を貫いていられるのも、ミッションがあるからだと感じています。

甚野広行
米国のリベラルアーツカレッジを卒業後、バークレイズ証券株式会社に入社。 投資銀行本部の金融法人部にて主に銀行、生命保険、損害保険業界のM&Aおよび資金調達のアドバイザリー業務に従事。クロスボーダー案件においてバリュエーション、デューデリジェンス、交渉・実行支援などに携わる。2020年10月よりマネーフォワードシンカに参画、またマネーフォワードグループのHIRAC FUNDを兼務。資金調達プロジェクトなどに加え、キャピタリストとしてシード・アーリーステージのスタートアップへの投資実務を担当。

──マネーフォワードを通じて蓄積された知見やノウハウは、どのような形でマネーフォワードシンカの強みとして活かされているのでしょうか。

金坂:ここでは3つの事例を紹介します。1社目は『マンガZERO』というマンガアプリを手がける株式会社Nagisa。2020年10月にM&Aによって株式会社メディアドゥへグループジョインを果たしたのですが、契約に関する知見がほしいということでお声がけをいただきました。そのときは、スタートアップ企業が上場企業にジョインする際にどういうことを相手の経営者と擦り合わせ、どこまで契約書に織り込むのかなどをアドバイスさせていただきました。

2社目は株式会社グッドパッチ。2020年6月に東証マザーズ市場への新規上場を達成したのですが、代表の土屋さんにとって初のIPOだったので、経験者として気をつけるポイントや上場までのプロセスについてアドバイスをさせていただきました。

最後に、紹介するのが、アルプ株式会社。サブスクリプションビジネス管理ソフト『Scalebase』を開発、提供している会社なのですが、資金調達のサポートをさせていただきました。プレシリーズAラウンド3.15億円の資金調達のアドバイスと、広報についてもプレスリリース、メディア取材の調整など合わせてお手伝いさせていただきました。

──クライアントとなる企業は多種多様かと思いますが、どのようなことを心掛けていますか。

金坂:クライアント企業の人間では言いにくいことを言葉にして伝えることは意識しています。結局のところ、我々は外部の人間なので、クライアント企業の中で実際に何が起こっているのかを完全に把握することはできないんですよね。だからこそ、本音ベースでコミュニケーションを取らないと本当の課題が見えてこないことも多くて。

例えば、労務はIPOを目指すとなるとガバナンスもきちんと整える必要が出てくるので、自由にいろんなことをやってきたスタートアップからすると耳が痛いことも多くなるんです。そういうことに対しても、やる理由を丁寧に伝えて経営者が意思決定しやすいようにしています。

中島:できる限り中立的な立場で接することを心がけています。加えて最新の事例は常にストックしておいて、現状では何が足りないか、どんなパターンなら成功しやすいかを具体的に伝えるように心がけています。ときにはクライアント企業が準備された資料に厳しいフィードバックを返すこともあるのですが、それが結果としてクライアント企業の未来を左右することになるので、そこはかなり意識して取り組んでいますね。

甚野:私は前職でもM&Aや資金調達のサポート業務を担当していたので、そのときに培っていた知識を活用して取り組んでいます。また、クライアント企業の要望に対してはタイムリーに応えられるようにしていて。そういうスピード感も大事にしていますね。

日本のスタートアップ企業が海外市場でも正当に評価される未来を目指して

──会社設立から約1年が経ちました。現在はマネーフォワードシンカとしてどのようなフェーズにいますか。

金坂:設立後に「100人の経営者と共に挑戦し、社会とスタートアップの未来を創る」という目標を掲げ、その実現に向かって進んでいる段階です。ただ、当時と少し状況は変わっていて。もともと財務領域におけるアドバイザリングを業務のコアにしようとしていたのですが、ここにいる中島や甚野のように多様なバックグランドを持ったメンバーが集まってくれたことで、さらに幅広い支援ができるようになっています。

中島:とはいえ、我々が掲げている目標を達成するためには、まだまだ打ち手が足りていないのが現状です。そのブレイクスルーのために熱意を持って一緒に事業に取り組める方に参画していただきたいなと考えています。

甚野:個人的には、マネーフォワードシンカでしか得られない人脈や経験がたくさんあると感じていて。特にスタートアップ業界でキャリアを形成したい人にとっては、経営者と一緒に働く機会が多いことはプラスになると思います。

──最後に、それぞれの今後の展望について伺えますか。

中島:私は自分が接する人が幸せになるのを見るのがすごく嬉しくて、だから人生を賭けて挑戦している経営者を支えるマネーフォワードシンカの仕事にやりがいを感じています。また、自分自身もゆくゆくはスタートアップ企業の経営に携わりたいと考えているので、現状に甘えることなく経営に必要な知見を広げていきたいですね。それこそ、金坂さんの仕事を奪うくらいの気概で色々な仕事に取り組んでいきたいと思っています。

甚野:少し話が脇道に逸れるかもしれないのですが、実は大学生のときに海難事故で死にかけたことがあって。そのときは近くにいた方に運良く助けていただいて一命を取り留めたのですが、溺れている間に「この世界で何も変革を起こせずに死ぬのは本当に嫌だな」と考えたんですね。その想いは今でもあって……。加えて、日本のベンチャー市場はもっと世界から注目されるべきだし、まだまだ正当に評価されていないと思っているので、私たちがその掛け橋となって日本のスタートアップをもっと盛り上げていきたいですね。

日本のスタートアップをもっと盛り上げるため、海外の投資家と経営者をつなぐ架け橋になっていきたい。彼らの視点はすでに国外にも向かっている。

金坂:僕は今年で37歳になりますが、人生って有限じゃないですか。残りの人生のことを考えたら悠長なことはしていられないし、もしかしたら交通事故で明日死ぬかもしれない。だから、仕事をするにしても人生を賭けられることに取り組みたいし、1日1日悔いが残らないようにしたいんですよね。

そういう意味で、人生を賭けて事業に取り組む経営者のサポートができるマネーフォワードシンカの仕事は、とても価値があると考えています。2020年はコロナの影響で実現できなかったこともあったので、その分2021年は、積極的にチャレンジしていきたいですね。海外の投資家と日本のスタートアップを繋げるようなことも考えています。

  • TEXT BY 村上広大
  • PHOTOS BY 吉田和生
  • EDIT BY 瀬尾陽(Eight Career Design)
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