すべてはテクノロジーが築く明るい未来のために──理念と利益の両立を実現するアイティメディアの成長戦略

多くのインターネットメディアが収益化に苦戦しているように、メディア企業がユーザーから確かな信頼を得ながら、安定的に事業を黒字化することは困難を極める。こうした中、インターネットメディア事業に特化し、独自の強みを生かしたビジネスモデルを確立することで、20数年間にわたって読者とクライアントの双方を満足させ続けてきたのが、ソフトバンクグループ傘下のアイティメディア株式会社(以下、アイティメディア)だ。IT領域を中心とした20を超えるメディアを展開する同社の副社長兼COO・小林教至へのインタビューを通じて、理念と利益の両立を実現させてきたアイティメディアの強みや大切にしてきたカルチャー、未来の展望などに迫る。


読者の満足度が利益につながる

──まずは、これまでの小林さんのキャリアについてお聞かせください。

大学を卒業してから、博報堂ダブルスという会社で商業施設プランナーとして4年ほど働いた後、1995年にIT系の出版社に転職しました。当時はちょうどWindows 95がリリースされたばかりの頃だったのですが、その少し前に「Mosaic」というウェブブラウザのことを雑誌で知り、インターネットで世の中が変わると確信し、この業界に飛び込みました。

5年ほど勤務した後、会社の先輩が起業したIT分野専門のオンラインメディア企業のアットマーク・アイティにジョインし、新たに人財事業を立ち上げました。アットマーク・アイティは2005年にアイティメディアと合併し、私自身は人財メディア事業部長、管理本部長などを務めた後、主力事業であるIT領域メディアの事業本部長となりました。そして、現在は事業統括本部長として事業部門全体を所管する立場になっています。

小林教至(こばやし・たかし)
アイティメディア 取締役 副社長 兼 COO。株式会社博報堂ダブルス、株式会社アスキーを経て、2000年に株式会社アットマーク・アイティ(現アイティメディア)に参加。新規事業として人財事業を担当。以降、人財メディア事業部長、管理本部長を歴任し、2011年に取締役に就任。2012年からは主力事業であるIT分野を統括する立場となり、2015年常務取締役に就任、同年、子会社の株式会社ユーザラス(現発注ナビ株式会社) 代表取締役社長に就任(2020年6月に同社取締役)。2020年に取締役副社長 兼 COOに就任し、現在に至る。

──では、アイティメディアのこれまでの歩みや理念についても教えてください。

アイティメディアの前身は、1999年に設立されたソフトバンク・ジーディーネットで、これからはインターネットの時代になると考えたソフトバンクの孫正義さんの意を汲んで、現社長の大槻がオンラインメディア企業として立ち上げた会社です。情報流通の主流が紙からネットに変わる未来を見据え、いまで言うところの雑誌ビジネスのDXを実現することを目指しました。

我々は「メディアの革新を通じて情報革命を実現し、社会に貢献する」という理念を掲げていますが、この背景にはソフトバンクグループ共通の経営理念「情報革命で人々を幸せに」があります。ソフトバンクでは、「情報革命」をコンピュータのパフォーマンスが飛躍的に増大することで迎える情報のビッグバンと定義しており、その無限の力を人々の幸せのために正しく発展させていくことを掲げています。その中で我々は、インターネットにおけるメディアビジネスの確立と継続的発展を通して情報流通に革新をもたらすとともに、テクノロジーの有効的な利活用を実現するための情報を提供していくことで、先に述べた情報革命の実現に貢献することを自分たちの使命に位置づけています。

──小林さんご自身の現在の役割についてはどのように考えていますか?

COOとして新しい成長戦略を描き、業績を上げていくことが自分の役割です。これは、私自身が大切にしている考え方になりますが、メディアには理念と利益の両立が不可欠で、両者のバランスを取っていくことも私の仕事の1つです。当社の理念は先ほどお話しした通りですが、どれだけ高尚な理念を掲げていたとしても、利益を上げ続けなければそれを実現することは難しいですよね。

会社を継続していくために最も重要なKPIはやはり利益で、利益を生み出すためには当然売上が必要になります。当社における売上は広告収入になりますが、これは当然読者がいなければ成立しません。つまり、読者に当社メディアの発信するコンテンツに満足して受け入れていただくことが広告クライアントの満足につながって売上を生み、それが利益になることで従業員や協力機関、株主といったステークホルダーにも満足いただけるというのが我々の考え方です。

ギャップを認識し、埋めていく

──アイティメディアの成長戦略を実行していくにあたって、社内で共有されている考え方や言葉などはありますか?

最も大切にしているのは、「ギャップフィル(Gap fill)」という言葉です。端的に言うと、自分たちが達成しようとしている理念や目標と、現状にどんなギャップがあるのかを認識し、それを埋めていこうということです。そう言ってしまうと、近視眼的な考え方に思われるかもしれませんが、この数年でメディアビジネスにおける外部環境の変化はますます激しくなっています。

こうした状況の中では、長期的な目標を掲げるだけではなく、足元の課題に着実に対応していくことも非常に大切で、それを実践し続けていけばどんな変化にも対応できるはずなんです。目まぐるしい時代の変化にキャッチアップしていくために社内の体制や意識を変えていくということが重要だと認識しています。

メディアビジネスにおける外部環境の変化は激しい。長期的な目標を掲げるだけではなく、足元の課題に着実に対応していくことこそが大切であり、それを実践し続けていくことで不確実な変化にも対応できるようになる。

──自分たちの足元を固めていくことが、長期的なヴィジョンや目標の達成にもつながるということですね。

はい。私は高校時代ワンダーフォーゲル部に所属していたのですが、私にとっての山登りのコツはあまり先を見過ぎないことなんです。先を見ると頂上までアップダウンが続いているのが分かって辛くなってしまいますから(笑)。

それと同じように、ビジネスにおいても辛い時ほどしっかり足元を見ることが非常に大切だと考えています。そして、それができるのは会社としての揺るがない理念があるからです。どこにいてもよく見える北極星があり、すべての行動は「テクノロジーが未来を導く」という考え方に基づいているからこそ、進路に迷うことなく、足元を見ることができているのだと思います。

──長きに渡ってメディアビジネスを展開してきたアイティメディアですが、変わらない軸と、時代に応じて変化してきた部分をそれぞれお聞かせください。

まず変わらない軸になっているのは、読者に提供する価値です。情報を伝える手段は、テキストや動画など時代によって変化していきますが、読者に提供したい価値自体は不変です。それが繰り返しお伝えしているテクノロジーの利活用に関する情報であり、その先にある情報革命です。

一方で変わってきたのは収益構造です。時代の変化に合わせてマーケティングのアプローチはどんどん変えていく必要があり、それを続けていくことによってデジタルならではの事業ポートフォリオが構築されてきました。

メディア人が“生き生き”と働ける環境づくり

──働く側に立った時に、アイティメディアという会社だからこそ挑戦できること、描けるキャリアというのはどんなものだと考えられていますか?

20数年におよぶ歴史の中で、インターネットメディア事業やデジタルマーケティングにおけるノウハウはどこよりも蓄積されていますし、これらを身につけるには最適な環境だと思います。特に、インターネットメディアにおけるBtoBマーケティングでは業界の先頭を走っている自負がありますし、運用型広告の売上も伸びてきているのでプログラマティックのノウハウも得られるはずです。また、これは当然のことですが、編集記者においてはPV獲得ノウハウやSEO対策などインターネットメディアの編集者にとって必要なスキルを身につけることができます。

アイティメディアには、企業のオウンドメディア出身の編集記者が中途入社することも多く、メディアビジネスでしっかり収益を生んでいる会社で働きたいという動機を持っている人も少なくありません。企業のオウンドメディアや既存のマスメディアが運営するオンラインメディアなどと違って、インターネットメディア専業の独立採算でやってきた我々は、とにかく利益を上げ続けないと事業を継続できません。そうした腹のくくり方で取り組んでいる企業だからこそ得られるものも大きいはずです。

──アイティメディアという環境にマッチするのはどんな人材だとお考えですか?

アイティメディアには、新卒から中途採用まで多様なバックグラウンドの人たちが集まっています。いまお話ししたように、インターネットメディアにおけるさまざまなスキルを身につけられる環境があるため、ここでしばらく働いた後に次のステップに進む人たちもいますが、その後もここで働き続けたいと考えてくれる仲間たちに共通しているのは、テクノロジーが築く明るい未来の実現にメディアとして貢献したいという情熱があることです。

これはどんな職種においても言えることで、例えば営業職であればデジタルマーケティングの最先端に携われることへのモチベーションなどもあるでしょうが、同時に我々ができる社会貢献とは何かということを考えられる人たちが高いパフォーマンスを出し続けているように思います。

──そうした社員たちが働く環境づくりにおいては、どんな意識で臨んでいますか?

当社の人事や総務、財務などを担当している管理本部長は、東京通信工業(現ソニー)の設立趣意書に書かれていた一文に感銘を受け、それをアイティメディア向けにアレンジした「メディア人の技能を最高度に発揮せしむ、自由闊達にして愉快なるネットメディアカンパニー」という言葉を大切にしています。これが示すように当社では、テクノロジーやネットが大好き、メディアが大好きという人たちが生き生きと働けるよう、人事制度やテレワークなども含む働き方、働く環境の改善に飽くなき努力で取り組み続けています。いまも執行役員以上が毎週集まり、メディア人たちが生き生きと働ける環境づくりに関して議論する時間を設けています。

IT領域の情報発信においてアイティメディアが果たしてきた役割は大きい。その自負心があるからこそ、「メディア人たちが生き生きと働ける環境づくり」に対しても本気で取り組んでいる。

人類にとっての幸せな未来とは?

──すでに20年以上継続してきたインターネットメディア企業であるアイティメディアは、どんな会社の未来を描いているのでしょうか?

コロナ禍になって国内のあらゆる業界、領域においてデジタル化の遅れが顕在化し、DXの促進が叫ばれている中、我々の社会的なミッションの重要性はますます高まっていると認識しています。今後も成長していくであろうIT領域をホームグラウンドにしてきたメディア企業として、やみくもに事業の多角化を目指すのではなく、「メディアの革新を通じて情報革命を実現し、社会に貢献する」という我々の理念と愚直に向き合うことで、社会を先導していくとともに自分たちも成長していきたいと考えています。

──進化し続けるテクノロジーは、今後社会においてどんな役割を果たしていくとお考えですか?

少子化が進む日本においては一人あたりの生産性を高めていくことが不可欠になっており、それを実現するためにはテクノロジーを活用していくしかないと考えています。冒頭にお話ししたように、私はインターネットによって世の中が変わると確信し、この業界に入ってきたわけですが、実際にここまで社会生活が変わることまでは1995年当時は予測できませんでした。

おそらくこれからも、自分がまったく想定していなかったようなことがテクノロジーによって実現されていくはずですし、今後もそうした情報を社会にお届けしていきたいですね。

──一方で昨今はテクノロジーがもたらすさまざまな弊害が語られることも少なくありません。こうした側面については企業としてどのように向き合っていくのでしょうか?

非常に重要な指摘ですね。これは企業としての話ではなく、私自身の考えになってしまいますが、これまではテクノロジーが進化することで世の中は良くなると無邪気に信じていたところがありました。

ところが、京セラの創業者であり、さまざまな分野で国際的な貢献をした人たちを称える「京都賞」を設立した稲盛和夫さんが、この賞の理念の中で、「人類の未来は、科学の発展と人類の精神的深化のバランスがとれて、初めて安定したものになるであろう」と書かれていることを知って、感服しました。それ以来、テクノロジーの進化に見合うような人類の精神的深化に何かしら貢献していかなければならないという思いを強く持つようになりました。

──テクノロジーを活用する側のリテラシーや倫理観が課題になっている時代において、メディアとしてもそこで働く個人としても、自分たちが何を大切にするのかということがますます問われてくるように思います。

そうですね。以前に人財事業を担当していた時期があったのですが、人財事業を突き詰めていくと「人の幸せとは何か?」というところに行き着くんですよね。その頃に色々調べていた中で、「自分の墓碑にどんな言葉を刻まれたいか?それを実現するための生活や仕事ができているか?」という問いかけに出合いました。

私は自分の墓碑に、「テクノロジーが築く明るい未来にメディアとして貢献した」と刻まれたいと思っているのですが、それを実現するためには、単に情報を提供しているだけでは足りないと感じています。私は75歳くらいまで働くつもりでいますが(笑)、これから社会人生活を終えるまでの間に、止まることなく進化し続けるテクノロジーとの付き合い方を啓蒙していくような取り組みも形にしたいと思っています。

ここ数年、テクノロジーがもたらすさまざまな弊害はよりはっきりと可視化されるようになってきた。テクノロジーの進化に見合うような人類の精神的深化への貢献──小林にとって、これからの自身の大きなテーマでもある。
  • TEXT BY 原田優輝
  • PHOTOS BY 黒羽政士
  • EDIT BY 瀬尾陽(Eight Career Design)
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