データ活用のさらなる推進が暮らしをもっと便利に──「DELISH KITCHEN」を運営するエブリーの新規事業戦略

利用者数3000万人以上、レシピ本数45,000以上、日本最大級のレシピ動画サービスとして知られる「DELISH KITCHEN」。その運営元である株式会社エブリー(以下、エブリー)は、ここ数年、大手スーパーなど小売店と提携し、デジタルサイネージによる店頭販促や生鮮ECサポートなどDXによる経営支援を推進している。その主導者の一人が、執行役員データソリューション本部長の鵜飼勇人だ。レシピ動画メディアからいかに新たな事業の種を撒き、価値創出につなげたのか。そのキャリアや仕事観から紐解いていく。


メディアだけでなくリアルな接点を

——鵜飼さんがエブリーに入社されたのは2017年、創業3年目のタイミングだったんですね。当時、どんな思いを持って入社したのでしょうか。

コンサルティング業界からIT業界へ転職して、メディア運営に携わるなか、よりユーザーのライフスタイルに近い領域で、日本に暮らす人々の暮らしを豊かにする手助けができないか、と考えるようになったんです。そういう意味でエブリーが展開する「DELISH KITCHEN」はまさに、生活者の毎日に寄り添うサービスですし、さまざまなユーザーと接点を持つことができる。そこからユーザーのニーズを把握し、課題解決を図ることができるのではないか、と感じました。

また、直接の接点はなかったものの、創業者の吉田大成(代表取締役社長CEO)と菅原千遥(取締役執行役員DELISH KITCHENカンパニー長)とは、同時期にグリーに在籍していましたし、会社のビジョンにも共感していました。私自身、料理はわりとイベント的に捉えて、楽しいものだと感じていましたが、世の中のニーズとしては、毎日の献立を考えるのを苦痛に感じる人も数多くいます。そんな方々に対し、動画コンテンツでレシピを届けるのは、とても意義のあるサービスだと考え、経営企画としてエブリーに入社しました。

鵜飼勇人(うがい・はやと)
株式会社エブリー執行役員データソリューション本部長。2006年慶應義塾大学卒業後、トーマツコンサルティング株式会社(現:デロイトトーマツコンサルティング合同会社)に入社。2008年1月よりアクセンチュア株式会社に入社、金融業界向け のマーケティング事業に従事。2011年4月、グリー株式会社へ入社し、プラットフォームの事業戦略、グローバル展開を担う。2013年4月よりリブセンスに入社、キャリア事業部長として転職サイトなどの運営を主導。2017年7月、株式会社エブリーに入社、経営企画としてリテールソリューション事業の立ち上げに従事。2019年執行役員就任

——入社して間もなく、リテールソリューション事業部の立ち上げに携わったと伺っています。

レシピ動画サービスとして多くのユーザーの方々に活用していただけるようになり、さらなる事業展開を考えたとき、メディアだけでなくリアルな接点を持ち、より直接的にユーザーの課題解決を図る必要があるのではと考えました。

たとえば、ユーザーは動画を参考にして献立を考え、スーパーなどへ足を運びますが、店頭で思うような食材が見つからなかったり、もっとお得な食材を見つけて他の献立に変えたりするわけです。すると、せっかくのレシピ提案が機能しなくなってしまう。広告掲載いただくメーカーにとっても、実際の購買につながっていなければ、メリットがありません。

そこで、小売店と協業し、来店された方にデジタルサイネージによるレシピ動画放映など販促支援することで、顧客や小売店、メーカー各々が持つ課題を解決する手助けを行うことにしました。

——スーパーの店頭で「DELISH KITCHEN」の動画が流れているのをたまに見かけます。デジタルサイネージの横にはそのレシピと連動した商品が並んでいて、その場で必要なものを揃えることができるんですよね。

まさにそういう意図でサービスを展開しています。はじめは「DELISH KITCHEN」の動画を再活用していたのですが、店頭では1分程度の動画も長く感じられることもあります。そこから、店頭のニーズに合わせて再編集したり、その場で持ち帰れるレシピカードを作成したりするようになりました。また、小売店とともに販売計画を立案したり、フードスタイリストとともにレシピ開発したりしています。折込チラシやウェブチラシにレシピ提供したり、逆に「DELISH KITCHEN」のアプリ上でチラシを表示したりするなど、個別のニーズに合わせながらサービスラインナップを拡充してきました。

——アプリというデジタルサービスに加え、小売店というリアルな場でのユーザーとの接点を得たことで、何かサービス改善や機能拡充につながったことはありますか。

今となっては当たり前となっていますが、動画を観た後に実際どんな行動につながっているのか、ユーザーからフィードバックを得られるような仕組みづくりを行うようになったのは、ポジティブな変化だったと思います。店頭で動画を観る方の行動データを収集して、より店頭でも伝わりやすい動画編集に活かしたり、アプリにお買い物リスト機能を追加したりしました。アプリ上でもそういった傾向はありましたが、やはり手の込んだ料理より、工程もシンプルで簡単につくれる料理のほうが支持されるんですよね。

「DELISH KITCHEN」は、ユーザーの生活の課題を着実に解決してきた。小売店と協業により、メディアだけでなくリアルな接点を得たことによって、動画での訴求以上のサービス改善が加速している。

ほかにも、全国津々浦々の小売店とパートナーシップを結んだことで、その地域固有の食文化や慣習があることがわかり、個別のニーズに合わせた企画を立てたり、郷土料理をテーマにしたレシピ動画を作成したりしました。アプリだけでは捉えきれないユーザーニーズをつかみ、サービス向上につなげることができたと思います。

目指すは「データの民主化」

——着実に成果を上げてきたリテールソリューション事業部ですが、2021年に「データソリューション事業部」と名称変更されました。その意図はなんだったのですか。

ここ数年顕著なことですが、IoTと5GによってOMO、つまりオンラインとオフラインの融合がますます進み、さまざまな場所でデータを取得し、定量的に分析することが当たり前となってきました。

スーパーなど小売店もその流れと無縁ではなく、店舗とECの顧客情報を連携したり、DXを進めて顧客のニーズに沿ったサービス展開をしたりしています。メーカー側にとってもBtoCを進め、ECや自社メディアで顧客との接点を持つなど、ファーストパーティデータ(一次情報)を取得することが重要となってきています。各事業者がデータ活用を前提として、顧客により良いサービスを提供することが、事業推進のカギとなっているのです。

私たちはこれまでも積極的にデータ活用し、パートナーやクライアント企業の課題を解決してきました。ただ、「データはデータアナリストが取り扱うもの」という意識がどこかにあったかもしれません。今回、データソリューション事業部に名称を変えることで、データ活用をもっと“民主化”し、データアナリストだけでなくメンバー一人ひとりがデータの使いみちを意識し、サービスを進化させて課題解決や事業推進に役立てることができたらと考えました。

——たとえばどんなデータ活用が考えられるのでしょう?

これまではユーザーの自己申告による年齢や性別、世帯構成人数など属性に基づいたマーケティングが主となってきましたが、より細かい部分で行動データを抽出することで、一人ひとりの志向やニーズに応じてパーソナライズされた提案が可能となってきます。

たとえば、どの動画をどのくらい観たか、どんなレシピを選ぶ傾向にあるのか……といったオンラインの基本的な行動データだけでなく、平日と休日で食卓を囲むタイミングやつくりたい献立が違うかもしれませんし、家族のなかでそれぞれ好みも違うかもしれません。週に一度まとめ買いする方と、1日置きにこまめに買い物する方とでは、適切なプロモーションのタイミングと伝えるべき内容も異なるかもしれませんよね。

そうやって日常生活の延長線上からさまざまな仮説を立て、どんなデータを抽出すれば良いのかを考える。そしてオンライン、オフラインの両軸で顧客との接点を持ち、より良い体験が提供できるよう、サービスを改善し、進化させていくことが求められているのです。

また、メーカーも小売も、一人でも多くの方にファンやリピーターになってもらい、ライフタイムバリューを高めていきたいと考えています。これまではSNSなどでフォロワー数を増やすことがそれにつながると考えられてきましたが、そのフォロワーがどれだけ商品やサービスを購入したのか、実際のところはわかりません。その点、私たちはどんな動画がどんな購買につながったのか、リピートにつながっているのか、データ分析することも技術的には可能です。オンライン・オフラインの両軸で、点と点をバーティカルにつなぎ、より精度の高いデータソリューションを各企業やユーザーに提供したいと考えています。

データ活用はデータアナリストのためだけのものではない。日常生活の延長線上からさまざまな仮説を立ててデータ抽出していくことが、ユーザーへのより良い体験の提供につながるのだ。

——そう考えると、データに関する専門知識だけでなく、あくまで一生活者としての視点を持ち、実体験を踏まえたうえでデータに紐づけていくことが重要なのかもしれませんね。

おっしゃる通りです。データソリューションを一人ひとりが実現するために必要なのは、一つはデータベースの知見。そもそもどんなデータを持っているのか、これからどんなデータを抽出していくべきかといった、データに関する基本的な知識です。

二つ目は、SQL。SQLを使って実際にデータを抽出するスキルですが、これら二つは学習を重ねれば習得が可能なものと考えています。そして三つ目が、データの分析設計力。自分自身、あるいは周りの人や世の中の課題感を踏まえたうえで、「こんなソリューションが求められているのではないか」とさまざまな仮説を立て、データを解釈し、PDCAサイクルを回していく。そのためには、あらゆる物事を自分ごと化し、どうすればより良いサービスにつながるのか、普段から思いを巡らしておくことが重要だと思います。

1ミリでも1%でも、社会を良い方向へ

——非連続的な成長を遂げてきたエブリーですが、いまどんなフェーズにあるとお考えですか。

スタートアップシーンには数カ月、1年単位で劇的に成長していく企業も数多くありますが、私たちもまた、やはりポジティブにさまざまな面でアップデートし、成長していると感じます。入社して5年ほど経ちますが、当初はまだ世間では、レシピ動画メディアの一つと認知されていたものの、そこまで事業として課題解決を図る企業とは思われていなかったと思います。

けれども3000万人以上の「DELISH KITCHEN」ユーザーをはじめ、多くのユーザーやクライアント、パートナー企業と接するなかで、さまざまな課題と対峙し、より本質的な課題解決に取り組まなければならないと、その役割を改めて認識するに至りました。数年前まではまだおぼろげだったその課題が、いまは明確となってきたように感じます。氷山の一角だったものが、はっきりと全貌をつかんだうえで、どの頂を目指そうか、と狙いを定められるようになってきた感覚です。

——食分野は他の領域と比較しても、商習慣や流通構造など、まだDXが十分とは言えない領域ですし、自給率の低さやフードロスなどさまざまな課題がありますよね。育児もその多くが各家庭の努力に委ねられています。

そうなんです。まだまだ改善しなければならないことがたくさんありますし、やりがいもあります。その一方で、食や育児といった、生活と直結したライフスタイル分野だからこそ、ユーザーやクライアント、パートナー企業などさまざまな方からフィードバックを得られやすい。恵まれたビジネス環境なのではないかと思います。

日々、さまざまなフィードバックを得ながらデータ分析やサービス改善を行い、ユーザーやクライアント、パートナー企業の課題解決へと、確実につながっている。その実感を持てるのが、個人的にも大きなモチベーションとなっています。「データソリューション」と名称変更し、ますますそのコンセプトに近づいているような気がします。

——一方で、データ領域に目を向けると、GDPR(EU一般データ保護規則)やCookie規制など、今後ますます厳しい舵取りが予想されています。鵜飼さんはどうお考えですか。

当社では食や育児といった、より安全性や信頼性を求められる領域を取り扱ってきたこともあって、もともと信頼性や透明性を大切にする組織文化がありました。今後さらにそれが求められることもあり、最近、改めて企業としてのパーパス・ミッション・バリューを明確にしたんです。

バリューには「360°誠実。」「100%の愛とこだわりを込める。」といった言葉があるのですが、やはりデータを抽出するにあたり、そのデータがどのように活用され、ユーザーにどんなメリットをもたらすのか、きちんと説明する必要があります。プライバシーポリシーなど詳細に説明するのは大前提として、それ以上に、普段から誠実に事業に取り組んでいることを示し、あくまでユーザーファーストという軸をブラさないことが重要だと考えています。

——最後に、鵜飼さんご自身はどんなことをやりがいに感じていますか。

高頻度で使っていただけるサービスに関われることはもちろん、だからこそ誰もが日常的に感じている課題を自分ごと化し、解決に導く一助になれるというのは、とても得がたい経験だなと感じています。自分自身、あるいは周りの人の生活を、少しでも良い方向へ変えていけるような働きかけを、事業を通じて実現できる。誰もが「生活が変わった」と実感できるようなサービスに取り組めるのは、非常にやりがいがありますね。

私自身、ずっと使命感を持っていたというか、この世に生を受けたからには、1ミリでも1%でもこの社会を良い方向へ変えていく力になれたらと考えていました。このコロナ禍もそうですし、目まぐるしい環境変化は続きますが、そのなかで一人でも多くの方により良い生活を、暮らしが便利になるようなサービスを提供できたらと思います。

1ミリでも1%でもこの社会を良い方向へ変えていきたい──それはつまり、エブリーのミッションである「前向きなきっかけを、ひとりひとりの日常にとどける。」が意味することそのものだ。データの先にあるユーザーの暮らしを鵜飼はイメージし続ける
  • TEXT BY 大矢幸世
  • PHOTOS BY 田野英知
  • EDIT BY 瀬尾陽(Eight Career Design)
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