「価値あるプロダクト」で事業に貢献する──DeNAのデザイン本部が実践するデザイン経営がもたらした変化とは?

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デザインを経営の資産と捉えて活用することで、ブランド構築とイノベーションを推進していく「デザイン経営」。企業の存在価値を改めて定義し、目指す姿を実現していく手法としても注目されている。こうした経営手法は、キーワードだけが先行してしまい、その実体が伴わないケースも少なくない。

では実際に企業において、どのようにデザインの価値を浸透させ、活用させていくべきものなのか?本特集『経営にデザインをかけ算する』では、デザインを経営資源として重要視する企業へのインタビューを通して、その実践と組織変革について紐解いていく。


顧客視点から良質なユーザー体験をつくり出すデザインの思考を経営戦略の柱に位置づけ、ゲーム、スポーツ、ヘルスケア、まちづくりなど多岐にわたる事業を成長させてきた株式会社ディー・エヌ・エー(以下、DeNA)。同社のデザイン経営を牽引するコアとなるデザイン本部は、UXに特化した「エクスペリエンス戦略室」などを擁し、事業開発の上流からデザインの視点を導入することで社内に変革をもたらしている。デザイナー、プロダクトマネージャーを経て、2018年よりデザイン本部長を務める増田真也に、同社の経営戦略におけるデザインの役割ついて聞いた。

事業を成功に導く3つの観点

――まずは、DeNAのデザイン本部がどんな組織なのかを教えてください。

デザイン本部は、デザインの力を使ってDeNAのサービスをお客様に満足していただけるものにしていくことで、事業に良い影響をもたらすことをミッションにした組織です。DeNAが展開するスポーツ、ライブストリーミング、スマートシティ、ヘルスケア事業のすべてのデザインに加え、ゲーム事業においても一部広告などを担当しています。ひと口にデザインと言っても、それはグラフィックやUIなど表に現れるものだけではなく、サービス開発の上流から関わるUXデザインなども含まれます。

増田真也
株式会社ディー・エヌ・エー 執行役員 デザイン本部長。多摩美術大学 環境デザイン学科卒。2008 年デザイナーとして中途入社。Mobage のマネージャー、スマホ版 Mobage などの立ち上げを経て、音楽ストリーミング配信サービスや地域 SNS など新規事業のプロダクトマネージャーを経験。大手ゲーム会社とのプラットフォーム開発におけるプロダクトマネージャー、デザイン戦略室の副室長を兼務後、2018年4月からデザイン本部本部長に就任。

――経済産業省から「デザイン経営宣言」が出されるなど、企業の経営戦略の中にデザインが位置づけられるようになってきていますが、DeNAの事業においてデザインが果たす役割についてはどのようにお考えですか?

デザイン経営宣言というのは、イノベーティブな事業をつくっていくためにデザインの力が不可欠であることを伝えるものだと捉えています。ただ、デザインがすべてを解決してくれるという話ではなく、我々は事業というものを「数字」「プロダクト」「組織」という3つの観点から考えるようにしています。

「数字」には売上、事業構造、費用対効果、KPIなど、「プロダクト」にはプロダクトバリューの明確化、エクスペリエンスの設計、開発手法の構築、ブランディングなど、そして「組織」にはビジョンの浸透、目標設定や評価制度(OKR)、採用育成体制などの要素があります。事業というのは、適切な指標管理のもと、価値あるプロダクトをメンバーが嬉々としてつくることによって、初めて成功するものだと考えているのですが、デザインというのは、おもに「価値あるプロダクト」をつくるところに求められるものだと認識しています。

DeNAが事業の肝と考える3つの観点、「数字」「プロダクト」「組織」。

――DeNAの中で3つの要素はどのようなバランスになっているのですか?

我々はもともと他に比べて「プロダクト」の部分が弱かったので、広義の意味のデザイン強化というものが上手くフィットしたと思っています。当然、会社によってプロダクトには強いが数字に弱い、数字には強いが組織が弱いなどさまざまなケースがあるので、すべての企業がデザイン経営を取り入れれば上手くいくという話ではありません。ただ、日本の企業は総体的に、事業計画や市場分析などの「数字」、人事採用や評価などの「組織」というロジカルな思考が求められる部分は得意ですが、一方で右脳的な要素も必要な「プロダクト」の部分が苦手だと感じています。

――デザイン本部ではこれまでにどんな取り組みに力を入れてきたのですか?

デザイン経営を進めていくにあたり、まずはプロダクトのコアバリューを明確化することが大切だと考え、UXに特化した専門組織「エクスペリエンス戦略室」を2019年に立ち上げました。ここには、人間中心設計(HCD)の資格を持つUXの専門家が集っているのですが、いまでは社内に広く認知される存在となり、新規事業の責任者やプロダクトマネージャ-などが、まず相談に来るような場所になっています。

エクスペリエンス戦略室では、個別のサービスについて、事業構想をヒアリングした上でターゲットとなる層へのインタビューや観察などを通じてユーザーニーズを把握し、モックなどをつくるという作業を行っています。同時に、UXデザインについての認識を全社的に高め、現場のデザイナーやプロダクトマネージャーたちが自走していくためのフレームワークづくりにも取り組んでいます。

あらゆる職種が上流から関わるものづくり

――デザインの重要性を社内に理解してもらうのは、そう簡単なことではないように思います。

先に話した「数字」「プロダクト」「組織」という3つの観点で整理し言語化できたのが、この1年くらいの話なので、それまではなかなか大変でしたね……。これは業界全体の課題としてよく話されることですが、社内においてデザイナーが下請けのような立場になってしまい、評価されにくいところがあるんですね。ただ、「デザイナーが評価される」ということ自体は、経営の視点からすると「目的」にはなりません。やはり、サービスがヒットする、ユーザーに喜んでもらうということが重要なので、いくらデザイナーががんばっていることを主張しても、それだけでは認められにくいんです。

結局、デザイナー以外の人たちにデザインを評価してもらうためには、結果を出して事業に貢献できることを示していくことしかないので、実績をコツコツ積み上げていくことが必要だと考えています。一方で、デザイン本部の立ち上げは会社にとって先行投資だったので、経営陣にその価値を理解してもらうために、経営の言語に翻訳して伝えるということも不可欠でした。

――デザインの専門知識がない職種の人たちと、円滑にコミュニケーションを進めていく上でのポイントはありますか?

物事をわかりやすく言語化、図式化して伝えることはデザイナーの得意分野です。例えば、ストーリーボードをつくるなど、デザインの知識がない人たちとの溝を埋めるためのさまざまなフレームワークがUXデザインの手法としてあるので、それらを駆使して共通言語をつくっていくことに努めています。また、これはデザインに限らない話ですが、サービスにおける重要な要素については、企画やマーケティングの担当者のみならず、デザイナーやエンジニアなどあらゆる職種が一緒に議論していくことが重要だと考えています。

サービス開発に関わるすべての人間が集まり、ユーザーニーズなど前提となる部分を共有した上で、マーケター、デザイナー、エンジニアらがそれぞれの得意分野で手を動かしていくような形が理想です。AIによってさまざまな専門職の領域が小さくなっていく可能性がある中で、職種はあくまでも「得意分野」程度のものだととらえ、みんなで上流からプロダクトをつくっていく意識が今後ますます大切になるのではないでしょうか。

――デザインはマーケティングやコーディングなどと並び、事業により良い結果をもたらすためのひとつの手段と捉えているのですね。

はい。僕はデザインのことを、何かを成し遂げるための「最高のパートナー」だと捉えています。デザイナーとして入社した自分は、その後プロダクトマネージャーなどを経験してきましたが、デザインというバックグラウンドを活かし、ある種二刀流のような形で仕事ができ、カバー範囲が広がったり、違った視点を行ったり来たりしながら物事を考えられたことは非常に大きかった。そういう意味でもデザインには感謝していますし、これからも大事にしたいものではありますが、一方でデザイン側の人間が自分たちを特別視するのは良くないとも思っています。デザイナーだからといって数字や組織の苦手で難しいことは理解しなくていいということはないですし、マーケターやエンジニアなど他の職種と対等の立場でプロジェクトに関わることが何よりも重要だと考えています。

――これまでの一連の取り組みによって、社内にはどんな変化が見られますか?

プロダクトの質は確実に上がっていると思います。例えば、「Pococha(ポコチャ)」というライブ配信アプリでは、一時期関わる人数が増え、チーム内で考え方が共有されないという課題を抱えていました。そこでチームで合宿を開き、OKRを設定することで進むべき方向を共有するということをしました。それによって組織の状況が非常に良くなり、ユーザーに寄り添って価値ある体験を提供するということをみんなで考えられるチームになりました。同時に事業構造も改めて見直したことでお客様に満足頂けるサービスとなり、現在まで非常に好調です。

他にも、DeNAの社員や優秀な社外の人材の独立起業をサポートする「デライト・ベンチャーズ」というファンドがあり日々新規サービスをつくっているのですが、ここにもデザイン本部が上流から関わり、外部からも出資を受けられるほど将来性が高いサービスをつくることができています。我々は目標の設定やユーザーとの対話、検証などのフェーズに時間をかけているので、事業の走り出しのスピードは以前より遅くなったかもしれませんが、正しい時間の使い方だと考えています。

物事をわかりやすく言語化、図式化して伝えることができるデザインは、何かを成し遂げるための「最高のパートナー」と言える。しかし、同時に自分たちの仕事を特別視せず、他の職種と対等の立場でプロジェクトに関わることが何よりも重要だ。

――リクルーティングなどにおいても変化はありましたか?

新卒のデザイナーの中には、デザイン本部の中にエクスペリエンス戦略室があることが入社の決め手になったと言ってくれる人が増えています。僕はデザイナー以外の採用面接にも関わっていますが、最近はどの職種においてもUXデザイナーやプロジェクトマネージャーの仕事に関心を持っている人が多いです。

また、講演などの機会でも、DeNAの仕事の進め方や働き方についてよく話をしているのですが、理解を示してくれる人たちが増えているように感じています。実際にDeNAで働いているデザイナーたちもプロジェクトの上流から関わるものづくりにやりがいを感じている人が多く、退職者が年間で1人も出なかった時期もありました。

――今後、デザイン本部はどのようなことに注力しいくのでしょうか?

デザイン本部には、エクスペリエンス戦略室と並び、ブランドデザイン室というものがあります。まずはプロダクトのバリューがなければ始まらないということで、これまではUXに注力してきましたが、次のステップとして重要になるのは、マーケティングとブランディングだと考えています。中でもブランディングというのは、デザインの視点からマーケティングを考えていくような行為なので、今後はこの部分に力を入れ、プロダクトのコアバリューとブランディングやマーケティングの戦略をセットでつくっていける体制を整えていきたいですね。

既存の言葉では定義できない体験を

――デザインを事業における軸に据えているDeNAですが、一貫して大切にしている美意識のようなものがあれば教えてください。

「一人ひとりに 想像を超えるDelightを」をミッションに掲げていますが、この「Delight」というものは我々の美意識でもあると思っています。DeNAでは、エンターテイメントと社会課題解決の2つを事業の軸に据えているのですが、ゲームやスポーツなどのエンターテインメントにおいては、我々がユーザーに提供したい驚きや楽しい体験というものが、この「Delight」にあたります。一方、ヘルスケアやまちづくりなどに関わる事業では、社会の課題を解決していくようなサービスを通して、「Delight」を届けたいと考えています。

――「Delight」な体験をより広く社会に提供していくために、デザイン本部にはどんな貢献ができそうですか?

現在の我々の強みはエンターテインメント事業にありますが、社会課題解決の事業においても、エンターテインメント事業とのシナジーによって新しい体験を生むサービスが設計できるのではないかと考えています。例えば、社会課題をゲームの方法論で解決していけるようなことは社会にもっとあってもいいと思いますね。いわゆるゲーミフィケーションという手法になるかもしれませんが、これを実現するためには相当な経験と努力が必要になります。幸いDeNAには、そうした経験の積み上げが日本の企業の中でもトップクラスにあると思っています。

また、用意されたものを消費するだけではユーザーが満足できない時代になっている中で、開発段階から巻き込み、コミュニティをつくりながらサービスを開発していくようなことが求められてくるはず。我々はそうした部分に強みを発揮してきた会社でもあります。「ゲーミフィケーション」や「コミュニティ」など、既存の言葉では定義できないような新しい体験を生み出していけたらと考えています。

――最後に、増田さんご自身の仕事における喜び、今後のキャリアにおいて目指すことなどをお聞かせください。

僕の中では、個人成功というものが、仕事の喜びや満足度にあまりつながらないんです。それよりも、周りの人たちが楽しそうに働いていたり、幸せな状況になっているのを見聞きする方がうれしいので、身近な人たちとみんなでお客さまのためにいいサービスを頑張ってつくっていくことで、結果がついてくるといいなという気持ちが大きいですね。

また、今後のキャリアについては、デザインの力を活かしていくことでより良いプロダクトを日本から世界に発信していきたいと考えています。日本のIT産業が世界に遅れを取っている中、メガベンチャーである我々がデザイン経営を実践していくことでイノベーションを生み出し、業界を引っ張っていきたいですね。

DeNAに事業の成功について「適切な指標管理のもと、価値あるプロダクトを、メンバーが嬉々としてつくる」ことだと冒頭に語った増田。メガベンチャーとしてイノベーションを生み出すべく、みんなで結果を出していくことに情熱を注いでいる。
  • TEXT BY 原田優輝
  • PHOTOS BY 高木亜麗
  • EDIT BY 瀬尾陽(Eight Career Design)
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