テクノロジーはスマートな生活のために。アンカー・ジャパン CEO猿渡歩は「当たり前の徹底」でミッション実現のための強い組織をつくる

優れた技術を持つ企業は数多くあるけれど、事業やサービスに独自性を感じさせる企業の共通項を考えたときに、その“技術そのもの”に優位性や独自性があるのではなく、社会や暮らしをよりよくするために技術を使うという「哲学」にこそあるのではないだろうか。

それはすなわち、企業としての「在りかた」を社会に提示し続ける姿勢であり、時には大きな変革の決断をする時に求められる「パーパス」と言えるのかも知れない。

本特集『“技術”と“在りかた”が社会を変える』では、社会をなめらかに変革していく企業の“技術”と“在り方”を紐解きつつ、いかに事業を社会と接続し続けていくかという観点から、企業のカルチャーにフォーカスしていきたい。


「Empowering Smarter Lives(テクノロジーの力で人々のスマートな生活を後押しする)」をミッションに掲げ、2013年に設立されたアンカー・ジャパン株式会社(以下、アンカー・ジャパン)。“充電”のグローバル・リーディングブランド「Anker」を中心に、手に取りやすい価格で高品質のデジタル関連製品を展開するハードウェアメーカーである同社は、2020年には売上200億円に達するほどに急成長を遂げた。

また、2021年10月には、2014年の日本法人の事業部門の立ち上げより参画以来、その中核を担ってきた猿渡歩が代表取締役CEOに就任。ビジネス拡大に一層注目が高まるこのタイミングで、これからのアンカー・ジャパンはなにを目指していくのか、そのためにどのような組織をつくっていくのか、猿渡のビジョンについて改めてうかがった。

2000%以上の急成長を果たした理由

——2013年創業のアンカー・ジャパン。猿渡さんがジョインした2014年当時の売上はおよそ9億円でしたが、2020年には売上200億円を突破しています。こうした飛躍を成し遂げた強みはどこにあるのでしょうか。

Ankerグループの製品と他社製品を比較したとき、表面的な製品スペックに歴然とした違いがあるわけではありません。でも、製品開発の考え方は確実に違います。例えば充電器だと、より小さく、より速く、より便利に「なり続けて」います。

これは私の持論ですが、「プロダクトは永遠にベータ版」。完璧な製品は存在しないからこそ、常に、少しずつ良くしていかなければなりません。以前はメーカーが作りたいものを作り、マスメディアを通じて消費者とコミュニケーションを取ればある程度モノが売れる時代でした。でも今は、テクノロジーやユーザーが求めるモノ、嗜好の傾向など、すべてが猛スピードで変化しています。企業はそうした変化を捉え、即座に適応する必要があります。

当然、我々もお客様のニーズや要望はカスタマーレビューやUGC(User Generated Contents)から積極的に取り入れています。さらにカスタマーサポートも外部に委託せず内製化しているため、いただいたご意見を生かしてアジャイルで製品開発できています。

徹底した顧客目線で、スピード感を保ったまま改善を積み重ねる体制。これが、最大の強みの一つであると思っています。

猿渡歩 (えんど・あゆむ)
Deloitteにてコンサルティング業務やIPO支援に従事後、PEファンド日本産業パートナーズにてプライベート・エクイティ投資業務に携わる。Ankerの日本事業部門創設より参画し、同部門を統括。参入したほぼ全ての製品カテゴリでオンラインシェア1位を実現すると共に、事業成長に向けた体制構築を指揮し創業8年目で売上200億円超を達成。現アンカー・ジャパン代表取締役CEOおよびアンカー・ストア株式会社代表取締役CEO。他多くのEC / D2C運営企業の顧問も務める。

——SNSでは「Anker好き」を公言する人をよく目にしますが、顧客の「こういうものが欲しい」を満たし続けているからなんですね。

私がアンカー・ジャパンに入社した当時、Ankerブランドの認知度はほぼゼロでした 。それが今ではかなり伸びています。「愛用しています」と言ってもらえたり、製品についてSNSで発信してくださる方が増えていたりと、私自身もその変化を日々実感しているところです。

とはいえ、まだまだ日系の家電企業や米系テクノロジー企業のようなメジャーな存在と言えるわけではなく、「知っている人は知っている」域を出ていない。テクノロジーに詳しい方だけではなく、より広いお客様に知っていただける企業・ブランドにしていきたいと思っています。

2021年は、Anker Store 渋谷パルコのリニューアルなど店舗展開にも力を入れました。より多くの人にAnker製品を届けるためには、オフラインでのタッチポイントが欠かせないと判断したからです。すでに家電量販店やコンビニなど販売チャネルは拡大していますが、直営店から得られる情報は大きい。オンラインとオフラインでは、お客様の属性も得られる「声」も、明らかに違います。

例えばモバイルバッテリーの比較表を作るとき、ガジェットに強い人が多いオンライン販路であれば「mAh(ミリ・アンペア・アワー)」の表示だけでも自分に合ったものを選べると思います。一方、店舗でお買い求めになる方には「2泊3日の出張ならこの充電器がおすすめ」と書いたほうが伝わるコミュニケーションになると考えています。

——たしかに。そして後者のほうがマジョリティである、と。

そのとおりです。何人来店してどれくらい購入したかといった定量的なデータはもちろん、実際に店舗を訪れた方からどのような質問があったか、どんな要望があったかといった細かい定性的な情報は、私たちの財産になっています。

もうひとつ、ECは「勝ちやすく負けやすい」のに対して、直営店事業は「勝ちにくく負けづらい」んですよ。直営店事業はとにかく手間が圧倒的に多い。出店場所を見つけて、什器に投資して、人を雇って……やるべきことが無数に発生します。でも、私たちが大変だと感じるということは、ほかの企業も同じ。

だから、先にその壁を超えておくと、負けにくくなる。バッテリーを作って売ること自体はむずかしくなくても、ひとつひとつの施策を突き詰めて考え、やりきり、ブランドを作るのは大変なことですから。

——直営店を持つこともそうですが、手に取れる製品をユーザーに届けるハードウェアベンチャーには独自のおもしろさがありそうです。

いちばんの醍醐味は、やっぱり、実際に使っている人を目にすることができる点です。例えばAnkerグループのオーディオブランド・Soundcoreのイヤホンは黒がいちばん売れているのですが、私が街で見かける黒いイヤホンの半分近くはSoundcoreな気がしています。……いや、「半分」というのはバイアスがかかっているかもしれませんが(笑)、見かけると毎回「おっ」となります。

友だちからも「買ったよ」と連絡が来るし、自分も人にプレゼントできる。これも手に取れるモノがあることのよさ、ですね。

「圧倒的に強い個人」が圧倒的に成長できる環境

——8年にわたってアンカー・ジャパンのビジネス部門を牽引され、2021年10月には代表取締役CEOに就任されました。目下、注力されていることは?

組織づくり、具体的には採用と教育ですね。企業は、最終的に組織力がすべてだと思っています。いくらすばらしい事業戦略を作れても、実行する人がいなかったら絵に描いた餅になってしまいますから。

まずは、採用。シンプルにいかに優秀な人材を採り続けられるかが勝負だと考えています。Ankerグループはグローバル全体で3,000人の大企業ですが、日本法人は今年ようやく100人を超えたところです。去年は100人未満で、200億円以上の売上を立てることができました。

1人当たり2億円以上もの売上がある計算ですが、これはひとえに生産性が高いトップティア(一流)の人材を採り続けられているからこそだと思っています。採用通過率は増えたもののまだ数パーセント。「圧倒的に強い個人」を求めていて、いまはそれが実現できている状態です。

とはいえ、アベンジャーズのように精鋭を集めるだけでなく、今後は人材を育てるところにも注力していきます。新卒採用も実施していますし、社内研修のプログラムや、経験や知識を共有するためのナレッジベースの構築などを専用で行うチームも構築し進めているところです。

——「圧倒的に強い個人」とは、どのような人材でしょう?

そもそも、前の会社で結果を出していたからといって、うちでも同じ方法が使えるとは限りません。だから適度にアンラーニングして、新しくインプットする必要がある。それを咀嚼して、Ankerに合ったアウトプットを出せるかどうかが大切です。かいつまんで言えば、「その都度ベストな解を考えて実行できる、地頭のいい人」ですね。

実際、在職者のバックグラウンドはメーカー、広告代理店、コンサル、GAFAまでさまざまです。「AnkerといえばEC」のイメージも強いですが、EC出身者は実はほとんどいません。それでも、自分の頭で考えられる人を採用できているからこそ、ここまで伸びていると感じています。

——そこまで優秀な人が集まる理由とは。

単純に、事業のおもしろさはあると思います。急成長しているハードウェアベンチャーの数自体が少ないなと思っています。

そして、外資系企業でありながら、ローカルの裁量の大きさも魅力のようです。予算や採用人数など最低限は本社と握る必要がありますが、結果を出すための合理的な思考と数字さえ示せば、細かいことには口を出されません。本社にお伺いも立てないし、事前承認も基本取っていません。だからスピーディに意思決定できるんです。テレビCMの制作もこちらで決めたことで、一応は本社にも完パケを見せましたが、何も言われないどころか、気に入ったようで他の市場で使いたいので素材を共有してれと言われました(笑)。

外資系企業でありながら、ローカルの裁量が大きいことが特徴のひとつ。結果を出すための合理的な思考と数字さえ示せば、スピーディーに意思決定することができることは、アンカー・ジャパンの強みとなっている。

また、20〜30代でここまで大きな意思決定ができる環境も、なかなかないと思います。ベンチャー企業だと、裁量権はあるけれど小さな仕事しかできないことも多い。大企業だと、ビッグプロジェクトに携われるけれど裁量権が少ない。そのいいとこ取りができる、つまり「成長企業で大きな案件のプランニングから実行まですべての責任を持てる」わけです。

——精鋭たちが成長する場としては、最高の環境ですね。

しかもうちの社員は優秀なだけでなく、人間的にも優れている人が多いです。定期的に実施している従業員調査でも、「魅力的な人材が社内にいること」が強みに挙がっています。

私も新入社員が入社2週間目のタイミングで全員と1 on 1の面談を実施していますが、「コミュニケーションしやすい」と言ってくれるメンバーが多いです。わからないことを質問すれば丁寧に教えてくれる、全体最適の考え方があるからこそ他部署からの依頼もすぐに誠実に応えてくれる、と。これは一朝一夕で得ることのできない、大切な、そして誇らしいカルチャーだと思います。

——アンカー・ジャパンにはどのようなカルチャーが育っているのでしょうか? 大切にしている言葉や概念があれば教えてください。

やはり一番は「全体最適」ですね。個人よりも部門、部門よりも会社全体を考えようと、私が常日頃から伝えている言葉です。

自分の部署や担当製品さえよければいいとする「部分最適」がまかり通ると、組織はダメになっていきます。「アンカー・ジャパンにとってベストな選択は何か?」を合理的に考え、に話し合おうとする気風があり、例えば「在庫過多は財務部門としてはマイナスだけどセールスを伸ばせる、つまり会社全体のためになるのであればしばらくは在庫を抱えよう」、またはその逆の意思決定が自然にできています。

もちろん、ただ単に「会社のために頑張ろう」と言うだけではなく、評価や給与設計を含めた仕組みづくりも大切です。人事評価はグローバルと共通している部分もありますが、日本法人は「全体のために頑張ったほうが得をする」ように部分的に変えています。

また「合理的に考えよう、期待を超えよう、共に成長しよう」という3つのバリュー。これも全社的に浸透していて、日々の意思決定にも大きな影響を与えています。「Ankerっぽさ」が共通認識として育っているので、コミュニケーションが取りやすいですね。

「AppleかAnkerか」の世界を作る

——猿渡さんは「Ankerブランド」をどのように育てたいと考えているのでしょうか。

まず、私が考えるブランディングの定義は、「企業が伝えたいメッセージとお客様が受けとるメッセージが一致していること」です。企業がどう見せたいかではなく、お客様がどう思っているかが全て。つまり、最終的にはお客さんが決めることだと思っています。

それが大前提として、目指しているのは「Anker」という名前で買ってもらえるブランドになることです。充電器ではそれが実現しつつあって、10年前は「充電器」で検索されていたのが、近年は「Anker 充電器」と検索して買ってくださる方が増えてきています。

——信頼を得ている手応えが、確かにある?

そうですね。昔は、One of themのハードウェアメーカーでしたが、今はお客さんの期待値も高く、他社の充電器のレビューに「Ankerより小さい」といったコメントを書かれることもあって(笑)。それも、我々を基準に考え、期待してくれているからこそでしょう。

今後はチャージング関連製品を扱うAnkerに続き、スマートプロジェクターブランドのNebula(ネビュラ)やオーディオブランドのSoundcore(サウンドコア)、スマートホームブランドでロボット掃除機などを展開するEufy(ユーフィ)と計4ブランドを展開しています。あらゆる製品群で「とりあえずAnkerグループの製品がないか見てみる」人を増やしたい。そして「Ankerグループなら」と信じて購入してもらえるようなブランドを目指したいですね。

その意味でも、やはりAppleはひとつの目標です。プロダクトの完成度の高さはもちろん、「スマホ」という言葉から「iPhone」を想起する。新機種が出るたびに、値段はどんどん上がっているのに実機を見ずに購入する人も多い。私もまさにそのひとりですが、それはいい体験を積み重ねているからです。

顧客をファン化することは、より多くの人にブランドを伝播させることにもつながります。Appleはそれができている。ひとつのゴールとして、ハードウェアを選ぶならまず「AppleかAnkerか」の世界を目指したいですね。

猿渡の考えるブランディングの定義は「企業が伝えたいメッセージとお客様が受けとるメッセージが一致していること」。すなわち、企業がどう見せたいかではなく、お客様がどう思っているか、それが全てなのだと語る。

「当たり前の徹底」で社会を変える

——その目標を実現したとき、Ankerは社会にどのような変化をもたらしているでしょうか。

我々のミッションである「Empowering Smarter Lives(テクノロジーの力で人々のスマートな生活を後押しすること)」に尽きます。

充電時間が短くなれば、あるいはロボット掃除機が代わりに家事をしてくれれば、空いた時間でできることも増えるでしょう。スマートプロジェクターによって自宅で100インチの大画面、かつ4Kで映画を観るという新しいエンターテインメントを提供するのも、「スマートな生活」のひとつです。

大きな売上目標の話もしましたが、売上を伸ばすということは、たくさんの人にAnkerの製品を使っていただくということ。それによって、より多くの「スマートな生活」を支えられるということなんです。

——モノを通してダイレクトに顧客の生活と関われるハードウェアならではの魅力が、ミッションにも表現されているんですね。

ミッションは、定めたその日からパフォーマンスが上がるというものではありません。でも、同じようにやりがいのある仕事がある中で、「なぜAnkerで働くのか?」という問いの答えになります。

人々の生活を豊かにしているという実感は、一緒に働く人や給与などと同じかそれ以上に「ここで働く理由」になるはず。立ち戻る場所という意味でも、ミッションの存在は中長期的に効いてくると思います。

——「遠くのミッション」と「近くのバリュー」の両方が組織運営に生かされているんですね。今回お話を伺い、猿渡さんが作りあげてきた組織力の強さがアンカー・ジャパンの圧倒的な武器だとあらためて感じました。

そう言っていただけることもありますが、特別なことは何もしていないと思っています。自分のことを優秀だとはまったく思っていませんし、決して「地頭選手権」の1位ではないと自覚しています。

ただ、メーカーがモノを作って売るというシンプルな事業に対し、何がイシューでどう解決すればいいかを合理的に考え、必要なアクションを取っているだけ。そのために、優秀なメンバーの力を借り、組織の力を最大限に発揮しているだけ。すべてにおいて、当たり前のことを、当たり前に徹底しているだけだと思っています。

——その「当たり前の徹底」の向こう側に、「スマートな生活を後押しする」未来が広がっているわけですね。ちなみに猿渡さん、何選手権なら1位になれそうですか?

うーん……負けず嫌い、かな。仕事に限らず、やるからには1位を取りたいと常に考えています。だからあまり色んなものにハマらないようにしているんですが(笑)。

Ankerでいえば、イヤホンはひとまず2022年にはシェア上位に食い込みたいし、ロボット掃除機でもシェアを拡大したいです。大きなカテゴリでも存在感を示す、圧倒的なメーカーになる。そのために、「当たり前」を徹底しながらしっかり結果を出していきたいですね。

なにがイシューで、どう解決すればいいかを合理的に考え、必要なアクションを取る……「当たり前の徹底」は、すべて「Empowering Smarter Lives」というミッションにつながっている。そのためには圧倒的なメーカーになることが必要なのだ。
  • TEXT BY 田中裕子
  • PHOTOS BY 西田香織
  • EDIT BY 瀬尾陽(Eight Career Design)
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