メルカリの経営に求められるデザイン視点──グループ各社の機能をつなぎ、生みだすシナジーと循環とは

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デザインを経営の資産と捉えて活用することで、ブランド構築とイノベーションを推進していく「デザイン経営」。企業の存在価値を改めて定義し、目指す姿を実現していく手法としても注目されている。こうした経営手法は、キーワードだけが先行してしまい、その実体が伴わないケースも少なくない。

では実際に企業において、どのようにデザインの価値を浸透させ、活用させていくべきものなのか?本特集『経営にデザインをかけ算する』では、デザインを経営資源として重要視する企業へのインタビューを通して、その実践と組織変革について紐解いていく。


今から10年前、フリマアプリが日常生活に浸透すると予測していた人は果たして何人いただろうか。2013年にサービスをスタートさせた「メルカリ」は、物の売買に対する人々の価値観を変容させるだけでなく、グループ会社の設立を通じて金融やブロックチェーンなどの分野にも進出。社会の仕組み自体を変えうるまでに可能性を広げている。

そして何より驚くべきなのが、それらを「メルカリ」というひとつのアプリを通じて実現しようとしていることだ。さまざまなサービスを手広く運営している企業は数多くあるが、メルカリのようにすべての機能を集約させようとする動きは少ない。それは関わるステークホルダーが増えれば増えるほど、運用が難しくなるからだ。

では、なぜメルカリはあえて困難な道を進もうとしているのだろうか。それはすべて「顧客体験」に紐づいているからだという。メルカリグループの各社に所属し、UX向上のために奔走しているリードデザイナーたちに話を伺った。

順番の違いはあれど、理想像に一歩ずつ近づいている

ーーみなさんはメルカリグループの各社で働いていますが、現在、どのようなプロジェクトに携わっているんですか?

鈴木伸緒(以降、鈴木):僕は2015年からメルカリに在籍していて、2021年からはソウゾウで新規事業に携わっています。特にここ半年で力を入れていたのは、「メルカリShops」の立ち上げです。これはメルカリ内にオフィシャルのショップを開設できるサービスで、店舗を持つ方々に新たな販売の仕組みを提供できるようになりました。

鈴木伸緒
株式会社ソウゾウ プロダクトデザイナー。京都工芸繊維大学を卒業後、ニューヨーク・パーソンズ美術大学に留学。帰国後、数社を経て2012年サイバーエージェントに入社。『Ameba Ownd』など複数のC to Cスマホサービスの立ち上げに従事。2015年11月より株式会社メルカリに入社し、US版メルカリ・UK版メルカリのプロダクト立ち上げ・グロースを担当。2018年よりデザイナーとしてメルペイの組織・プロダクトの立ち上げに従事し、主にメルペイスマート払い・定額払いを担当。2021年1月よりソウゾウにて「メルカリShops(ショップス)」のプロダクトデザイン全般を担当。

成澤真由美(以降、成澤):私は金融事業を手がけるメルペイでプロダクトデザイナーとデザインマネージャーを兼務しています。現在、メルペイはメルカリの機能のひとつとして実装されているのですが、フリマと金融の距離はまだまだ遠いので、メルカリでの体験のなかにメルペイでの体験をどうやって組み込んでいくのかを考えてアップデートを続けている日々です。あと最近は、「メルコイン」という暗号資産やブロックチェーンに関するサービスの企画・開発を行う事業へのサポートも行っています。

篠原友希(以降、篠原):私はメルカリのプロダクトデザイナーを務めつつ、2020年からはデザインマネージャーも兼務しています。どうしたらデザイナーがより働きやすくなるのか、どうやったらよりよい体験づくりに貢献できる働き方ができるかを考えて改善しています。また、メルペイやソウゾウで開発した機能をどうやってメルカリというひとつのアプリに繋げていくかを各社のメンバーと一緒になって試行錯誤することもあります。

ーーグループ会社同士で協業する機会も多いんですね。

成澤:そうですね。現在はグループ全体でソウゾウの立ち上げを応援するフェーズになっていて、メルペイのOKRにもそういう目標が組み込まれているんですよ。

鈴木:現在はメルカリというサービス自体が大きく成長しているので、お客さまにとって良い体験とは何かを第一にしながら、各社で開発した機能を「どうメルカリに集約させていくか」を考えることが増えています。点を打ち込んだらすべてつなげる、逆に線としてつながらないことはやらないので、新しい事業をはじめるときのジャッジは厳しい。つながりうるものはグループ全体で本気で取り組んでいます。

篠原:たとえば「メルカリShops」の場合、事業者さんが販売している商品だとしても、お客さまにとってはメルカリで買える商品のひとつです。でも体験や画面は少しだけ違う。そこをいかに混乱せず、違和感なく使っていただけるかをソウゾウだけでなく、メルカリからも考えないといけないんですね。

鈴木:とはいえ、デザインを馴染ませすぎてしまうと「メルカリShops」特有の体験にはならなくなってしまうので、さじ加減がすごく難しいんです。そういうことをそれぞれのポジションから意見を出し合って進めています。

ーーお客さまにとって価値ある体験になるのかを考えるうえで、何か指標はあるのでしょうか?

成澤:メルペイの場合は「獲得」「収益性」「UX」「定量」「ファクト」の5つの軸で考えて、すべてにおいて取り組む価値があると判断された場合にGOサインが出るようになっています。逆にひとつでも要件を満たしていなければ満たせるまで検討を続けます。それはお客さまの大切なお金を扱う事業だからこそでもあります。失敗が許されず、逆戻りすることができないので。

成澤真由美
株式会社メルペイ プロダクトデザイナー。DeNAで多くの新規事業のUI/UXデザインを担当。その後Kyashにて物理カードや新機能のUI/UXを手がける。現在はメルペイのプロダクトデザイナー兼デザインマネージャーとして、メルカリアプリに決済・与信・暗号資産の体験を融合させるプロダクトデザインを推進中。

鈴木:それでいうと、メルペイやメルカリShopsの構想は、僕が入社した2015年頃から経営陣のなかにあったんじゃないかと思うんです。でも、当時はメルカリのUS事業にフォーカスしていたので、取り組む余裕がなかった。それが現在は、順調に第2、第3の柱が立ち上がってきたので、新たなことに挑戦する機運が巡ってきた。だから、順番の違いはあれど、もともとの構想に一歩ずつ近づいているんだと思います。

各社の機能がつながることで生まれるシナジー

ーーひとつのアプリにさまざまな機能を集約していくのは、社内のコミュニケーション量が増えるでしょうし、実は大変なことも多い気がします。

鈴木:そうですね。それぞれのサービスが分散しないようにバランスを取るのは本当に大変です。でも、分散しないからこそチャレンジできることもあって。メルペイやメルカリShopsを別サービスとしてリリースすることは「素早く立ち上げる」という意味では短期間で済むかもしれません。しかし、「素早く成長する」という意味ではサービスを1つに集約していく方が早い。お客さまには今まで通り同じアプリを使ってもらえばよい。トータルで見てお客さまにとってかんたんに使ってもらうために、作り手側が大変なのはある意味当たり前のことなのかなと思います。そうやって、「これとこれがつながったら面白そう」という理想を実現できるのは、実はすごく特殊な環境だと思います。

篠原:お金の流動性が高まることで生まれるシナジーはありますよね。それこそ初期は、メルカリという小さな循環のなかでお金のやりとりが行われていましたが、そこにメルペイの機能が追加されたことで外とつながることができて、より大きな循環を生み出すことができましたし。

篠原友希
株式会社メルカリデザイナー。グラフィックデザイナーとして、制作会社で紙媒体を中心に幅広く制作を行ったのち、2018年9月に事業会社メルカリに入社。UI / UXデザイナーとしてフリマアプリ「メルカリ」のデザインを担当。現在はプロダクトデザインチームのマネージャーを務めている。

成澤:本当にメルペイは恩恵を受けることばかりです。そもそもメルカリがなければ、そのほかの機能は存在し得ないので、新しく何か考えるときはメルカリでの体験に立ち戻ることになるんです。いつか恩返しできる状況を作りたいと思っています。

ーー現在のフェーズで、「デザイン」における課題を敢えてあげるとしたら、どんなことがありますか?

鈴木:これはインターネットのサービスだから仕方がないことなのですが、自動車メーカーとかプロダクトを作っている企業の細部へのこだわりに嫉妬することはあります(笑)。というのは、単純に物理的なプロダクトの方が圧倒的に製造されてきた歴史が長いので、世の中から求められているレベルが高く、インターネットサービス以上に多くのスペシャリストが分担して作り上げている、ということが一つあります。

あと、物理的なプロダクトは世の中に出してしまうと、Webサービスのように翌週アップデートするということはできません。そういった世に出すことへのプレッシャーが、Webサービスと比べて物理的なプロダクトの方が高く、そのプレッシャーこそが細部にいたるクオリティを生むんだと思います。そういった環境は、日常的なアウトプットに対するクオリティのバーを上げます。クオリティの高いプロダクトを生み出す会社は、当然会社としてのアウトプットが比例的に上がっていきます。

篠原:つくっているプロダクトやサービスが違うから、それぞれ一長一短かもしれないですが、それは確かに思いますね。

考える余白があるからこそ、デザイナーの役割が重要になる

ーーみなさんはそれぞれに転職してメルカリに入社されていますが、働くうえで特徴的だと感じる部分はありますか?

成澤:情報がオープンで、タイムラグがないことですね。経営陣もSlackに個人チャンネルを持って情報発信をしているんですよ。夢や理想を語ることもあれば、どうやって意思決定がなされたのかといったプロセスも見えるので、誰もがプロダクトの行く末を予感することができるんです。

鈴木:それもあって議論が生まれやすい組織になっている気がします。ただ上から降りてきたものをやるというカルチャーではなく、自分たちで考える余白がすごく多いので、何かひとつ作るにしても必然的に誰かと話し合う状況になっていくんですよね。

ーーデザイナーはどのレベルまで、経営の意思決定に関わっているんですか?

成澤:メルカリグループ全体の経営戦略は経営陣や経営戦略室が中心に決めていますが、そこにデザイナーとしての意見を求められることもあります。以前、経営戦略発表会というグループ全体のロードマップを発表する社内向けの催しがあったのですが、そこでのメッセージングやビジュアライズをサポートしました。

そういったいわゆる経営戦略のほかにも、これからリリースしようと考えている機能に関するリアリティーをビジュアル化し、そこから経営陣と対話して輪郭をつくっていくこともあります。これまではあまり経営や事業戦略のコアにまで入ることはなかったのですが、最近はより経営から「こういうことを考えている」という意見をもらうことが増えてきていて、デザイナーとしての範囲や求められるスキルも徐々に広がってきているように思いますね。

篠原:普段の対話の中で気づかされることも多いですよね。一見すると、経営者やプロダクトの意思決定をする立場の人ってなんでも答えを知っているように思えるんですけど、実際は答えに迷っていることも当然あって。答えがわからないなかでも何かを決めて進んでいかなければいけないという意味では、立場こそ違えど、本質的な悩みはそこまで変わらないのかもしれないと思います。UXについても、改善したものがお客さまにとって良いか悪いかをすぐに測ることはできないので、実は答えのない作業の繰り返しだったりするんですよね。

成澤:経営者でも間違うことがあるということをしっかり見せてくれるので信頼できるし、私たちのスキルで解決できたらいいなと思います。それがきっと会社の成長につながるので。

鈴木:僕がデザイナーの仕事で最も面白いと思う瞬間は、何も決まっていない状況から要点を整理してビジュアルで表現するときなんです。それはデザイナーだからできる仕事だと思っていて。多くの人のなかで「デザイナーの仕事=美しいビジュアルを作ること」という認識が広がっている気がするのですが、本当に必要なスキルは「多くの情報の中から要点を見つけて整理できること」で、その派生がUIやグラフィックを美しく作る能力だと思います。

しかも、要点を整理する能力が向上していくと、言われたことだけやる仕事は物足りなくなってくるし、行き着く先は経営者の隣で壁打ちできる状態のはずで。でも、そこにたどり着くためには、ただ降りてくる仕事をこなしているだけでは不十分なんですよね。それがわかっているから、自分たちの意見を持って仕事に取り組んでいるメンバーが多いのかなと思います。

デザイナーに本当に必要なスキルは「要点を見つけて整理できること」。その派生としてUIやグラフィックを綺麗につくる能力がある。何も決まっていない状況から要点を整理してビジュアルで表現することがおもしろい。

ーーメルカリは、ただのフリマアプリではなく、循環型経済を作り出す可能性を秘めているプロダクトだと感じています。その点において、これからは「プロダクトをどうデザインするのか」だけでなく、「社会をどうデザインするのか」という視点も求められてくる気がするのですが、みなさんは何か意識していることはありますか?

成澤:おっしゃるように、実はメルカリって社会貢献を体感できるアプリでもあるんですよね。そういった話題についてメルペイチームで議論することもあるし、その価値をもっと感じ取れるような仕組みをメルカリに組み込めないかという話も出ていて。

篠原:メルカリが世の中に広まったことで、生活習慣や考え方が変わった人もいると思うんです。たとえば、売ることを前提に商品を購入し、使うようになったとか。そういう行動変容につながる体験を、デザインの力を通じて実現できたらいいなと思います。

鈴木:とはいえ、そこに固執しすぎるのも良くないなと思っているんですよね。メルカリのUS事業でCEOを務めているジョン・ラーゲリンが、「とにかく自分たちができることに取り組むのが大切だ」と話していて。もちろん環境とか社会のことを考える必要はあるんですけど、あまり重く考えすぎてしまうと、何もできなくなってしまうと思うんですね。だから、とにかく自分たちにできることを少しずつ取り組むんでいくのが良いのかなと。

成澤:そもそも、メルカリは循環型社会を体感できるアプリであるはずなのですが、手元にあるアプリがそれに貢献しているものだと実感されている方は、たぶんほとんどいないと思うんです。いまでこそ、ESGやSDGsといったキーワードが浸透しはじめてきましたが、まだメルカリは要らなくなったものを売るためのツールでしかない。でも、お客さまのその行為一つひとつはすごく価値があって、社会にとってより良いことをしている、というメッセージをメルペイから発信してみようと考えています。

でも、これが本当に難しい(笑)。お客様へヒアリングをしても「いいですね」という反応で終わってしまい、なかなか「いいですね」以上の体験を生み出さず、これを装着する意味があるのかという議論になっていました。そこでメルペイチームのプロジェクトリーダーが、「短期的に見ると必要ないことでも、中長期的に考えたら価値があることで、これから人々が生きる上で大事な認識になる。だから、今から取り組むことが大切なんだ」と強く訴えてくれて。それに経営陣も含めて皆がすごく共感していたんです。アクションとしては小さなことでも、それが結果として未来につながる。だから、私たちが今からできることを取り組んでいきたいですね。

「社会をどうデザインするか」という視点は大切だが、重く捉えすぎてしまっても身動きが取れなくなる。短期的に見ると必要ないことでも、中長期的に見ると価値を生む、そんな視点が未来を変えていく。

経営戦略やプロダクト開発の意思決定において、デザイナーが持つ「多くの情報の中から要点を見つけて整理する」スキルが果たす役割は大きい。まだカタチが定まっていない状況にあって、対話の中から輪郭を与えていくプロセス、そしてそれを適切なUXに落とし込むことこそが、1つのアプリに機能を集約させるメルカリにおいて、デザインが正しく価値発揮する場面だと感じさせられた。インタビューの最後にうかがった「社会をどうデザインするのか」という大きな命題は、ある意味で彼らが創業以来向き合ってきたミッションとも言える。中長期的な価値につながるアクションをつくること、それが「経営にデザインをかけ算する」ことのひとつの解ではないだろうか。

  • TEXT BY 村上広大
  • PHOTOS BY 小財美香子
  • EDIT BY 瀬尾陽(Eight Career Design)
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