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日本企業が不振に陥る原因の多くは経営戦略の欠如にあると言われるが、本当だろうか。グロービスの法人部門で、多くの経営者や経営幹部を外部パートナーという立場から支えてきた西恵一郎は、この考えを否定する。
「経営者の一番の悩みは戦略がないことではありません。作った戦略が思い通りに実行されないことにあるんですよ」
優れた戦略があってもそれが「絵に描いた餅」で終わってしまうのはなぜなのか。どうすれば機能するのか。西の話から浮かび上がった日本企業再生のカギは、HRBPという聞きなれない職種が握っていた。
日本企業の一番の悩みは戦略がないこと……ではない
優れた戦略を授けてくれる経営コンサルタントは世の中にたくさんいるし、以前と比べれば社内で戦略を作ることができる企業も増えた。だが、戦略だけあってもうまくいかない例は多いのだ、と西は言う。なぜだろうか。
「その戦略が組織のケイパビリティに合っていないからです。経営者があるべき姿を考えても、組織能力との乖離、社員の志向性との乖離が大きければ機能しないのだと思います」
ということは、掲げた戦略を事業として具現化し、求める成果に結びつけるためには、組織や人の側を、その戦略を遂行するのに足りるものへと変えなければならないことになる。
このように組織と人の側面から経営戦略を支えることを、日本では「戦略人事」などと呼んだりするが、実際には、なかなかそれがうまくいくことはないのだという。なぜか。日本企業には「組織と人の専門家」がいないからだ、と西は続ける。
「本来であれば、人事は経営者の右腕となり、財務がお金の面からそうするのと同じように、人の面から経営を支えるものでなければなりません。ところが、日本企業の多くの人事は、採用や労務管理などの機能を果たすことに最適化しており、経営に直結する視点で組織開発や人材育成を考えられる専門家も、そのためのポジションもありません。だから、これまでの日本企業では、描いた戦略を実行するのにふさわしい組織にどう変えていくのかは、経営者が自ら考え、リーダーシップを発揮する以外に、方法がなかったのです」
20年前であればそれでもまだなんとかなっていた。だが、社会環境の急速な変化にともない、組織変革の必要性は日に日に高まっている。しかも、一度変えればそれで万事OKというわけではなく、むしろ常に変わり続けることさえ求められている。となると、もはや「組織と人の専門家」が不在のままでは立ち行かなくなるのが道理だ。
こうした日本企業の現状と比較して、外資系企業の人事には、OD(organization development)と呼ばれる、組織開発や人材育成を専門とする部門があるという。あるいは、HRBP(HRに関するビジネスパートナー)という外部のパートナーを設けている企業もある。
組織や人に関することにはどうしてもセンシティブな内容が含まれるから、すべてを社内で解決するというのは非常に難しい。であれば、日本企業にも外部からそれを支えるHRBPのような存在が必要ではないか、というのが西の考えだ。
組織と人の専門家・HRBP
従来のコンサルティングが「事業をつくる」ことで課題解決を図るものだったとするならば、HRBPの仕事は、直接「事業をつくる」のではなく、「事業をつくる組織や人をつくる」ようなものであると西は言う。
「戦略を結果に結びつけるためには、まずは事業部長クラスのリーダーが、経営者の掲げる戦略を事業として形にできる人材に変わらなければなりません。けれどもそれだけでは不十分。それを実行するフォロワーもまた変わらなければ、結果にはつながらない。そのすべてを行おうと思えば、だいたい3年くらいはかかってしまうんですよ」
組織や人が変わるのには、とても時間がかかる。内側から治す力を引き出す”漢方医的”なHRBPのアプローチは、こと即効性という点で言えば、”外科手術”たる従来のコンサルティングにはかなわない。だが、それでもなお人を変え、組織を変えることにこだわらなければならない理由があるのだ、と西は続ける。
「結局、事業というのは考えた人が実行しないと、芳しい成果にはつながらないものなんです。それに、誰かが作ってそれを与える形では、組織に資産が残っていかないから、持続性や再現性がない。継続的に変わり続ける必要がある現代において、それでは根本解決にはつながりません。外部のパートナーはあくまで、彼ら自身が考えられるようになるまで伴走する立場でいなければならないのです」
実は、西の携わっているグロービスの法人部門の仕事は、このHRBPの役割に近い。リーダー人材を育てる研修事業と理解されることも多いというが、それは彼らの仕事の一部であり、手段でしかない。彼らの仕事はいわゆる「研修」というより、経営者の課題を解決しているという点で、むしろコンサルティングの範疇にある。中でも、長期にわたって寄り添い、人を変え、組織を変えることでそれを実現するというアプローチは、まさにHRBPと呼ぶのにふさわしい。
HRBPとして機能するためには、従来的な人事の知識も当然必要だ。だが、その役割はあくまで経営者を支えることであるから、一方では経営的な視点も持ち合わせていなければならないことになる。
彼らの仕事は、まずは組織や人の現状と、経営者の求める理想の間にあるギャップを見極め、そのギャップを埋めるための変革のプロセスをデザインすることから始まる。実際にプロジェクトがスタートしてからも長期にわたって伴走し、一人ひとりの進捗に合わせて、計画を都度修正していく。
「行動を変えるためには認識を変え、認識を変えるためには考え方を変え、考え方を変えるためには意識を変えることから始めなければならない」。重要なのは、”漢方医”たる彼らはなにかを与える立場にはなく、本人が自ら変わる必要性に気づくよう、導くことに徹することだ。ゆえに、ファシリテーションやコミュニケーションの能力も高いレベルで求められる。
HRBPという名前こそ使っていないが、グロービスはこうした事業を25年間続けており、現在も年間1200社の大手企業でプロジェクトを走らせている。事業を始めた当初の主たる目的は、MBAの論理的思考を組織内に広めることだった。時代を経るにつれ、その命題はグローバル、そしてテクノロジーへの対応と変わっていったが、組織と人の変革に関するニーズ自体は普遍だ。それはおそらくこの先も同じだろう、と西は言う。
「けれども、その役目が務まるのはわれわれ自身がアップデートし続けている限りにおいて、です。それを怠った瞬間、私たちの存在意義は失われてしまう。幸い、ナレッジのアップデートという点では、グロービスグループにあることが大きな強みになっています。多様なネットワークを持ち、研究開発も兼務する私たちには、自然とインプットの機会が多くあります。また、社員間でいかにナレッジを流通させ、共有するかは、力を入れて取り組んでいることの一つでもあります」
経営者は、後継の育成にもどかしさを感じている
多くの日本企業にとって、次世代経営者の育成は大きな課題だと言われる。次世代のリーダーはなぜ育たないのか。
「トップの打ち出した戦略を事業として具現化し、成果を出した幹部は、当然その有力な候補になります。その意味では、私たちの仕事はまさに次の経営者を育て、選抜しているようなものであるとも言えるでしょう。けれども、経営者としての器は、そうしたいま時点で出している成果だけでは測れないのが難しいところ。むしろ長期的な戦略を作って組織を引っ張ることや、絶えず変わり続けることができるかどうかも見極めなければなりません」
西はさまざまな企業と付き合う中で、日本の企業幹部には足りないものが二つあることに気づいたという。一つはビジョン、すなわち長期的な戦略を作る力。もう一つは「志」だ。
「われわれが志と呼んでいるのは、その人自身が大切にしている思いとか、本当にやりたいと思っていることです。多くの優秀な人は、会社が社会に対してどんな価値を提供するのかはクリアに話せます。けれども、自分がなぜこの会社で働いているのかについては、意外なほど話せない方が多いんですよね」
会社の進むべき方向と自分が信じる価値とに1本の筋が通っている人は、経営者として強いのだという。なぜなら、そういう人は仕事を仕事としてやっているのではなく、自分がやりたいと思ってやっていることが、結果として仕事になっている。そういうリーダーが引っ張る組織は、全体としても当然強い。
だが、多くの幹部はこの筋が通っていない。自分が立ち上げた事業に関しては強い思いを口にできても、会社との関連で言語化ができる人は案外少ないと西は言う。
「でも、それは大切にしていることがないという意味ではないんです。そういう人も、必ず内側に秘めた思いはある。だからここでも、寄り添う存在が重要になります。われわれは彼らがそれを言語化できるよう、ここでもファシリテートしていくんですよ」
強いビジョンを持ち、自らの志との間に筋を通せる人物が組織内にいるのなら、すぐにでも引き上げるべきだ、と西は言う。そういう人こそ、日本企業を率いる次のリーダーにふさわしい。
「日本の組織には強い時と弱い時があるんです。強いのは、方向性がはっきりしている時。逆に弱いのは、方向性がなくて、どう改善・調整していいかわからない時です。方向性を示せるトップがいて、ミドルがちゃんと機能すれば、日本企業はいまでも強いんです。人口減少社会で、将来を危ぶむ声も多いですが、人が変わり、組織が変われば、日本企業はまだまだ十分やれるはずだと私は思います」
- TEXT BY 鈴木陸夫
- PHOTOS BY 吉田和生
- EDIT BY 谷瑞世(Eight Career Design)