「感情」は何より貴重なデータになる──黒田悠介が語る、軽やかにキャリアを転換して、やりたいことに出会う方法

本当にやりたいと思う仕事が見つからない、そう思うなら発想を変えてみよう。答えを自らの外に探すのではなく「内側」に求めてみる自分自身を深く理解し、過去の経験による蓄積と向き合い、自分自身を深く理解することでヒントが見えてくるかもしれない。『ライフピボット』(インプレス)の著者で、人生100年時代の新たなキャリア論を提唱する黒田悠介に、これからの時代に、自分らしく楽しく働く秘訣を聞いた。


「やりたいことがわからない」のは、「探している最中」なだけ

――黒田さんはこれまでに、数百人を超える方々とキャリアについて対話をされていますね。その中でどんなことを感じますか。

そうですね。私が感じているのは、みなさん悩まなくてもいいところで悩んでいるな、ということです。それは特に「やりたいことが見つからない」と悩んでいる方が多いということです。

はっきりいって、やりたいことなんて簡単に見つからないですし、たまたまやりたいことを見つけた人がメディアなどでもてはやされているだけで、大半の人はそうじゃないんです。だから、「私はやりたいことが見つからないからダメなんだ」と思うのは違うのではないかなと思うんです。

見つからないのならキャリアを転換していけばいいし、「やりたいことがわからない」のではなく、「やりたいことを探している最中」だと思えばいい。

そこで大事なのは、やりたいことが見つかった時に「ちゃんとつかみ取れる状態」にしておくことです。その瞬間がいつ来るか分からないからこそ、いつ来てもいいようにしておく。そして準備ができていれば、やりたいことを掴み取るチャンスを見逃さずに済みます。

そのために、いろんな経験を蓄積し、自分を理解するためにいろんなことを試してみる。そういうプロセスが大事だと思います。

――つまり、多くの人は自分を理解していないということ?

自分を理解するというのは、「自分にとってどういう状態だと楽しいのか」「仕事を通じて何を得たいのか」を明確にするために、まず自分自身を知るということです。

それができていると、「自分が楽しく働くために必要な要素」も分かってきます。仕事の何に楽しさを見出すかは人それぞれで、「日々の達成感」という人もいれば、「自身の成長」という人もいる。あるいは、ゲーミフィケーションみたいな感覚で「敵を倒すこと」に楽しさを見出す人もいるでしょう。

もちろん勝ち負けや好き嫌いではなく、「意味があることをしたい」という人もいるはずで、そういう人はその意味を見つけなければ満たされませんよね。こうした自己理解が、キャリアを築く上でとても重要なポイントになると思います。

楽しく働くために必要な要素は人それぞれ違うし、そこに正解はない。大切なのは、自分自身が何に対して「楽しい」と感じられるのかを、まず知ることだという。

自分を活かすために、「自分の取説」を作る

――自己理解を深めるためには、どうしたら良いのでしょう?

自分自身の「取説(取扱説明書)」を作ってみるのがいいと思います。

極端な例になりますが、私は一時期、発達障害の特性がある方たちと仕事をする時期がありました。その時、彼らが「私はこういうことが苦手」「これがすごく得意」「こういう環境だと力が発揮できる」ということをはっきりおっしゃっていたんです。

よく考えてみると、そうした自己理解は障害特性のある方だから必要なのではなく、すべての人にとって必要なものなのではないでしょうか。どういう時にスキルが発揮できて(できなくて)、何をしているときに意味を感じられて(感じられなくて)、だからこういう仕事がしたい、と自信を持って言えたら、自分をちゃんと活かすことができるはずですよね。

――取説が仕事をする上での指針や基準になると。

そうですね、多くの人は、何となく環境に適応できてしまうがゆえに、「何か違うな、合ってないな」と思いながらも働き続けてしまいがちです。その結果、無理をしてしまう。だからもっと「自分をいかに運用するか」を考えると良いのですが、言葉を選ばずにいうとみんなあまりにも自分自身に無頓着すぎるような気がします。

家電に例えてみたらわかりやすいですよ。炊飯器でお風呂を沸かそうとしても無理ですよね? それなのに、できないと自信を失ってしまうのはおかしな話。その家電ごとに合う仕事やタスクをちゃんと選べば、「炊飯器はご飯を炊くためのものなんだから」と思える。すごく当たり前のことです。

そもそも人って、環境に合わせがちで、みんなすごくそれがいつの間にか得意になっているんです。でも、それによって自分を押し殺していたり、自分に合ってない仕事をやっていたりするわけですよね。取説を持っていたら、環境ではなく、その取説に合わせられます。

「感情」を自己データとして蓄積する

――具体的に自分の取説をつくるにはどうしたらいいでしょうか。抑えておくべき項目などはありますか?

Who、When、Where、What、Why、Howという「5W1H」を入れておくのがいいでしょう。自分が仕事に求める「5W1H」を項目として用意し、埋めておきたいですね。

――取説に「5W1H」?

そうです。Whoは「どんな人と仕事をしたいか」だし、Howは「どういう働き方がいいのか」、Whyは「なぜ働くのか」……といった具合です。まずそれを考えることで、今の仕事が自分の取説とどうずれているのかが分かってくるはずです。

ディスカッションパートナーとしての私の場合であれば、Whoにあたるのは「何かをしたいと思っているが形にできていない人」で、WhatやHowは「対話を通じた意思決定の支援・行動の支援」です。Whyについては「働き方の多様性を増やし、世の中にやりたい仕事をしている人を増やしたい」です。そして、今の私は取説に合った仕事ができていると感じています。

これらを考えていく時に大事なのは、取説の要素になるものは、経験を積み重ねていく中でしか得られないものだということです。例えば学生時代にやるような「机に向かって行う自己分析」では、意味がないと思います。

働く上での理想の5W1Hは誰でも考えることができるし、ビジネスパーソンなら、これまで働いてきた中で得たものが必ず何かある。だからこそ自分の取説は、職種や経歴に関係なく、どんな人でもつくることができる。

――「机に向かって行う自己分析」では意味がない……!?

そう。自己分析を行うには、自己分析用の自己データが必要です。多くの人は、そのデータを実のところ「記憶」に頼っています。それがすごく危ない。

記憶は長期記憶として脳に入る時に、エピソードだけが頭に残るかわりに、「その時何を感じていたか・何を思っていたのか」といった大事な部分が抜け落ちることが分かっています。しかしその抜け落ちたところにこそ、本当に重要なものがあるのです。

例えば、子供の頃にたくさん絵を描いていたら、「絵を描くのが好きだからアーティストになろう」と考えがちですよね。でも実は違うかもしれない。絵を描いたら周りが褒めてくれるのが嬉しかったのかもしれないし、何かを観察することの方が好きだったかもしれない。しかし記憶ではそのときに感じていたことが抜け落ち、「絵を描いていた」というエピソードに引きずられてしまうわけですね。

大事なものが抜け落ちたデータを使って自己分析していては、当然おかしな結果になってしまします。記憶だけに頼った自己分析はある意味空想であり、フィクションの自分を作っていると、も言えるかもしれません。そうやってできた取説は、使いどころがなくなりかねないと思うんです。

―― 「〇〇をした」というエピソードよりも、その時に「どう感じたか」が大切であると?

はい。日常的な経験や、人とのコミュニケーションなど、日々の活動の中で自分がどういうことを考えて、何を感じたのかは、とても大切なデータなんです。それがまさに「記憶で抜け落ちた部分」ですね。

そのデータを活用するためには、セルフモニタリングをしながら、感じたことを自己データとして溜めるのがいいと思います。例えば、行ったことがない場所に足を運んでみる、あるいは普段とは違う機会の中に自分を投げ込んだりしてみる、そういったアクションを起こしてみるのも良いでしょう。

――つまり、「自ら」感情を動かしにいく…ということでしょうか?

そうですね。そこで大事なのは、その時々の感情の動きをつぶさに確認することです。「ああ、自分はこんな時に緊張するんだな、怒るんだな、嬉しいんだな」と。そうした感情や思考を、取説の「元データ」に活用していくのがいいと思います。

例えば、人と話している時の自分を観察していると、「今、明らかに早口になっているな」と気付くことがあると思います。それは自分がその部分にこだわりを持っているということの表れです。そうやって、思ったことや感情を押し殺さずに、表に出しながら、俯瞰で自分自身を観察できるとすごくいいですね。

普段働く中で後回しにしがちな感情。しかし、自分自身を深くどんなとき、どのように自分の感情が動くのか。それは、自分自身を理解するための大きな要素だ。

毎日の仕事を「実験」の場にする

――作った取説をキャリア形成にどう活かせば良いのでしょう。

最初に、「やりたいことが見つからないのならキャリアを転換していけばいい」という話をしましたが、その時に取説が役に立つと思います。

私の例でお話ししましょう。私は前職がキャリアコンサルタントで、数百人の学生とキャリアについて対話をしてきました。現在はディスカッションパートナーと名乗り、経営者の「壁打ち相手」をやっています。

一見すると異なる仕事に映りますが、「対話を通じた意思決定の支援」という点では同じであり、学生向けにキャリアを扱うのか、経営者向けに事業の話をするのか、その対象に違いがあるだけです。つまり、「対話を通じた意思決定の支援」という、やっていることの本質的な価値を見つけることができれば、そこからいくらでも方向転換ができる。そして、その時に役立つのが、取説に記載した「5W1H」です。

たとえば、Whoのところだけを変えてみる、Howの部分だけを変えてみるなどと編集できるようになれば、コアな部分は残しつつ、キャリアを「ピボット」していけます。

軸を残して、他を変える。それによって自分のキャリアを編集していく考え方です。「5W1H」を一緒くたに考えてしまうと、その延長線上にしかキャリアを築いていけなくなりますが、ピボットの発想を使えば、いくらでも広げていけるんです。

黒田の著書『ライフピボット』(インプレス)。人生100年時代のキャリア論について書かれた書籍は数多あるが、本書はビジネスパーソンなら誰にでも通用する考え方やノウハウが詰まっていて、自身の仕事だけでなく人生についても深く考える機会を与えてくれる。また、キャリアの転身について迷っている人なら、勇気をもらえるような一冊でもある。

――なるほど。経験の蓄積でコアな部分を理解して、ピポットで変化していくと。

そうですね。毎日の仕事は、「実験」と「微調整」の繰り返しだと思うんです。日々の仕事を通じて得たことや考えたことなどを、自分なりの実験結果とし、自分を運用するために活用する。「実験」は経験の蓄積、「微調整」はピボット、そうやって自分自身のキャリアを考えるようにしています。

―― 「実験」と「微調整」!面白い発想ですね。同じことの繰り返しと思う仕事も、「実験」と捉えると、得られるものが変わってくる。

実験をしながら、自分の今の状態をモニタリングして、望むものや楽しいと思えるもの、価値を感じられるもの、スキルを発揮できるものを選んでいく、そういうイメージですね。それを繰り返していくと、いつの間にか全然違う自分になれていたり、自分にフィットする仕事にたどり着けたりすると思います。

「人生100年時代」を生きる私たちは、高齢者雇用安定法などにより70歳まで働けるケースが出てきている一方、45歳定年制といった話が出てくるなど、働く時間を長くも短くもでき、個人が自由にいろんな選択をしやすくなっています。その中で、一度もピボットしないということは今後あり得ないし、キャリアを転換することにも慣れておいた方が良いと思います。

「自ら」感情を動かしにいく、とお伝えしましたが、副業を始めたり、複数のコミュニティに所属してみたりと、自分のセーフティゾーンから出る活動をしてみると、小さなピボットにつながります。それをし続けていくと、いつの間にか自分のキャリアの舵取りができるようになり、無理なく、楽しく、人生100年時代を波乗りできるのではないかと思います。

  • TEXT BY 志村江
  • PHOTOS BY 吉田和生
  • EDIT BY 谷瑞世(Eight Career Design)
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