「超絶顧客中心」のビジネスモデルが行動を規定──シンプルなプロダクトを追求するheyの哲学

優れた技術を持つ企業は数多くあるけれど、事業やサービスに独自性を感じさせる企業の共通項を考えたときに、その“技術そのもの”に優位性や独自性があるのではなく、社会や暮らしをよりよくするために技術を使うという「哲学」にこそあるのではないだろうか。

それはすなわち、企業としての「在りかた」を社会に提示し続ける姿勢であり、時には大きな変革の決断をする時に求められる「パーパス」と言えるのかも知れない。

本特集『“技術”と“在りかた”が社会を変える』では、社会をなめらかに変革していく企業の“技術”と“在り方”を紐解きつつ、いかに事業を社会と接続し続けていくかという観点から、企業のカルチャーにフォーカスしていきたい。

本特集『“技術”と“在りかた”が社会を変える』では、社会をなめらかに変革していく企業の“技術”と“在り方”を紐解きつつ、いかに事業を社会と接続し続けていくかという観点から、企業のカルチャーにフォーカスしていきたい。


お店のデジタル化を支える「STORES プラットフォーム」を展開するヘイ株式会社(以下、hey)は、佐俣奈緒子が創業したコイニーと、塚原文奈が代表を務めるストアーズ・ドット・ジェーピーが統合して2018年に誕生した。今年の1月にはオンライン予約システムのクービックを含む3社を吸収合併しheyに一本化、統合と拡大を繰り返しながら成長路線を歩んでいる。

コロナ禍を機に、個人や中小事業者の間に「STORES プラットフォーム」は瞬く間に広がった。同社の強さの背景には、異なる会社が一つになった経験から生まれたコミュニケーションの流儀、そして「顧客を超絶中心に考える」組織づくりへのこだわりがあるようだ。heyが大切する“会社のあり方”について、取締役 VP, People Experienceの佐俣奈緒子に話を聞いた。

「お商売をする人にとってのGoogle」のような存在になりたい

ーーheyは「Just for Fun」というミッションを掲げています。事業を通じて、どのような価値の提供を目指しているのでしょうか。

いわゆる大量生産社会で生み出される商品だけではなく、一人ひとりのこだわりや情熱、楽しみから生み出される商品で世の中を満たし、それによって経済が発展していく社会をつくりたいと思っています。

インターネットがなかった時代は、せっかくユニークな商品を作っても「求める人になかなか届けられない」という課題がありました。しかし、ここ10年のIT技術の進化によって商売は圧倒的にはじめやすくなり、この変化はさらに加速度的に進んでいくと考えています。そうした状況において、お商売をする人がこだわりや情熱、楽しみを維持したまま続けられるようなサポートをしていくのがheyの役割です。

佐俣奈緒子(さまた・なおこ)
2009年より、米PayPalの日本法人立ちあげに参画。加盟店向けのマーケティングを担当し、日本のオンラインサービス/ECショップへPayPalの導入を促進。2011年10月にPayPalを退職後、2012年3月にCoineyを創業。2018年に、CoineyとSTORES.jpを経営統合し、heyを開始。採用組織全般を担当。

ーー佐俣さんを含むheyの経営陣はIT業界の出身ですが、なぜ“商売”に関心を?

実は、経営陣はみんなお商売が好きなんです。社長の佐藤は昔、自転車を取り扱うECサイトを運営していましたし、私も学生時代にいろんなジャンルの靴を仕入れて販売していました。各々が何かしらお商売の原点を持っているので、そこで感じた楽しさがheyの事業につながっている面はあると思います。

ーー社会に価値提供をしていく上で、サービスの独自性をどのように考えていますか。

お商売に必要な「ヒト、モノ、カネ」の全部をデジタル化することによって、お商売をしているオーナーさんがお客さんへの理解をより深められるサービスにしたいと考えています。ポイントは「いろんな接点をデジタル化する」ということです。

オーナーさんにとって最も大切なのはお客さんです。しかし、今まではお客さんに関するデータが、店舗やECでバラバラに存在していたために、お客さんがどこでどんな風に商品やサービスを購入したのかが十分に把握されていませんでした。

しかし、お商売のいろんな場面でSTORES プラットフォームを活用できるようになれば、お客さんの情報の一元化が実現し、大切なお客さんのことを今までよりもずっと深く理解できるようになります。それはお商売をする人にとって極めて価値のあることです。

そういう意味では、STORES プラットフォームの将来像としてイメージしているサービスのひとつはGoogle Workspaceです。GoogleカレンダーやGmailといった、一つひとつのサービスはもちろん便利ですが、それ以上にサービス同士を連携させたときの使いやすさが大きな価値になっていますよね。

そうしたメリットを提供できるのは、総合的にサービスを提供しているからこそ。ゆくゆくはSTORES プラットフォームもそういう形に近づいていくと思います。

経営陣が“商売”を原点に持っていて、そこで感じた楽しさがheyの事業につながっている。だからこそ、商売のさまざまな接点をデジタル化することによって、お客さんの情報が一元化されることの価値を極めて重視しているのだ。

「顧客を超絶中心に考える文化」がビジネスモデルをつくる

ーー技術面において、どのようなこだわりを持っているのでしょうか。

プロダクトをシンプルにする、ということですね。オーナーさんが一瞬たりとも迷わずに使えるように、どのメンバーも「複雑なものをつくらないこと」に情熱を傾けています。

一見シンプルな機能を実現するためは高い技術力が必要ですが、どんなにすごい技術が使われていようと、それがオーナーさんに見える必要はありません。それぐらいシンプルな方がかっこいいですよね。

初期フェーズのスタートアップでは、社長が開発方針を決めるケースが多いかもしれませんが、組織が大きくなると社長が全てを決め続けることは物理的に不可能です。そこで重要になってくるのは、意思決定の軸の共有です。事業をスケールさせるためには、権限を他のメンバーに渡していかなくてはなりません。その結果、誰が意思決定したとしても「STORESらしいね」と言われるサービスになるようにするのが大切です。

ーー意思決定の軸を引き継ぐ上では、組織づくりもポイントになりそうです。heyが重視しているカルチャーはどのようなものですか。

「顧客を超絶中心に考える」文化ですね。heyは、社長が何かを言ったらみんなが動くような会社ではありません。「オーナーさんの役に立ちそうだと思ったら動く。そうじゃなかったら動かない」という文化が定着しています。

理由はシンプルで、「オーナーさんのためになることをしたら自分たちもハッピーになれる」というビジネスモデルで動いているからです。

STORES プラットフォームは、月額の費用と使った分だけいただく決済手数料から成り立つサービスですが、いずれも価値がないと思われた瞬間に使わなくできる側面を持ちます。オーナーさんに使い続けていただかないと収益が入らないのなら、メンバーが「いかにオーナーさんにとっての価値を磨き続けるか」という方向に動くのは、極めて自然なことですよね?

メンバーの行動を規定する大きな要因のひとつは、ビジネスモデルだと私は考えています。

相手と自分は全然違う。「敬意と疑念」を重視する理由

ーーheyではコミュニケーションをする際に「敬意と疑念」を大切にしていると伺いました。具体的に何を心掛けているのでしょうか。

まず、「敬意」に関して言うと、「関わるメンバー全てにリスペクトを持つこと」を重視しています。

heyでは社内にできるだけ同じ役割のメンバーがいないようにしているんです。それは、自分にしか成せない役割があると思った方が、人は力を発揮できるから。一人ひとりが固有の役割を担っているのならば、「自分ができない仕事をやってくれている」他のメンバーに対して自然と敬意が芽生えます。チームで仕事をする以上は、まずはそういう気持ちを大切にしてほしいと思っています。

そして、「疑念」とは、「相手の状況に対して想像力を働かせる」ことを指します。

「もっとこうしたほうがうまくいくんじゃないか?」というように、口出しをしたくなる瞬間ってあると思うんです。そう感じたときに、いきなり自分の主張を伝えるのではなく、たとえば「自分に見えていない情報があるんじゃないか?」と疑念を持つ。それができれば、不要な衝突を回避できます。

相手しか知らない制約条件があるんじゃないか、あるいは意思決定に至った特別な背景があったんじゃないか……など、自分の理解を一回疑ってから、広い視野を持って意見を発することで、建設的な議論が可能になります。

ーーどちらもコミュニケーションにおいてとても大切な要素ですね。

はい。ただ、敬意や疑念を持ちすぎてコミュニケーションが滞ってしまうのは逆効果です。「敬意と疑念」が「遠慮と忖度」になるのとは違います。あくまでオーナーさんの課題解決を前に進める上での心構えとして理解してほしいですね。

「敬意と疑念」という一見すると相反する言葉は「遠慮と忖度」とはまったく意味が異なる。過去の経緯にリスペクトを払いながら、プロダクトの未来に対して意思表明やオプション提示ができる想像力を意味している。

ーー「敬意と疑念」を重んじる文化が生まれた背景には、複数の会社が統合してheyが生まれた経緯も関係しているのでしょうか。

それはあると思います。heyの経営陣は「何をかっこいいと思うか?」といった価値観や方向性が近いのですが、もちろん詳細に落とすと考え方が違うことも多々あります。それでも前に進んできたのは、自分と相手は違う人間だという前提のもと話し合ってきたからだと思うんです。

もしその前提に関する理解が浅いと、「自分と違うから」という理由で相手を攻撃したり、反対に理解が追いつかなくて意見を発しづらくなってしまうと思います。

そういえば、佐藤がつい最近こんなことを言っていました。「そもそも人はそれぞれ全然違うので、価値観が合っているところが一部でもあるならラッキーと思った方がいい」と。相手と自分は違う。でも、少しずつでも重なり合う部分があれば、一人では行けなかった場所に行けることがあるんですよね。

現在の進捗は目標の「0.1%」?コロナ禍で再認識した使命

ーーheyを始めてから間もなく4年、heyは今どのようなフェーズにいると認識していますか。

創業当初は、「今は登りたい山の2合目ぐらいだね」と話していました。でも去年、佐藤に事業の進捗を聞いたときは「1%」と言っていました。そして最近にいたっては「0.1%」と言っています(笑)。

それは後退したわけではなく、登る山の頂上がどんどん高くなったということ。事業を続ける中で、自分たちが本当に社会に提供できる価値がわかってきたんです。特にコロナ禍の影響は大きかったですね。お店のデジタル化をしていく役割の重要性を改めて認識しました。

ーー高い山頂を目指すモチベーションはどこからくるのでしょうか。

日本経済に貢献したと言えるぐらいインパクトのあることをしたい、という想いです。具体的には、日本のGDP約300兆円のうちまずは1%に寄与したいよねと話しています。

日本ではたくさんの大資本のお店がある一本で、力のあるローカルストアがとても多い国でもあります。そのようなお店のお商売がデジタル化され、スモールチームでもより多くのことができれば、日本のGDPは押し上げられるはず。そう考えていたりもします。

こだわりや情熱、楽しみが生み出す面白い商品が世の中にあふれた結果、国も豊かになるとすごくいいなと思っています。

ーー最後の質問です。インタビューを通じて、「かっこよさ」という言葉が印象に残りました。佐俣さんにとって「かっこよさ」とは?

一貫性があるということです。例えば、「こういう社会をつくりたい」と言っているのに、実際はその方向に進んでいないとか、「こういう課題を解消するプロダクトをつくりました」と発表しているのに、使ってみると全然違ったとか。そうしないようにしたいと思っています。

heyを続ける限り、芯の通った一貫性のある「かっこいい」会社であり続けたいですね。

heyにとって「かっこよさ」とはつまり一貫性。「オーナーさんのためになることをしたら自分たちもハッピーになれる」も、「日本経済に貢献したと言えるぐらいインパクトのあることをしたい」も、芯を同じくしてつながっていることなのだ。
  • TEXT BY 一本麻衣
  • PHOTOS BY 高木亜麗
  • EDIT BY 瀬尾陽(Eight Career Design)
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