みんなそれぞれに人生をかけている──行動した先にある未来との「差分」をイメージしたことで生まれた高橋祥子の覚悟

病気になってから、時間とお金を使い心身ともに大変な思いをして治療する。私たちが当たり前のように思っていたその流れに、「ちょっと待って」と声をかける女性がいる。株式会社ジーンクエスト代表の高橋祥子だ。

東京大学大学院で生活習慣病の予防メカニズムを研究していたメンバーと、2013年に同社を立ち上げ、2014年からは日本で初めて個人向けに大規模な遺伝子解析サービスを提供している。専用の遺伝子解析キットで唾液を採取し、その中に含まれている細胞の遺伝子配列から、どういう体質でどんな病気のリスクを抱えているか、といった情報を知ることができる。つまり、「病気になってから治すのではなく、病気になる前の予防につなげる」情報提供のサービスなのだ。

また、それら膨大なゲノムデータや、生活習慣のデータなども盛り込んだデータベースを構築し、さまざまな機関との共同研究、製薬企業との創薬研究などに役立てたている。起業から8年、常に挑戦を続けてきたジーンクエストの代表である高橋祥子に、新しい価値を生み出すための思考について伺った。


自分が行動した先にある未来との「差分」

研究者として大学に残り、将来は教授になることを考えていた高橋。しかし、研究を続ける中で、「この研究成果を、誰が実際に社会へ実装していくのか」という課題を感じていた。研究自体を加速させていくためにも、サイエンスの研究を社会実装しサービスとして回す仕組みをつくる必要性から起業。研究成果を活用しながらサービスをつくり、社会にフィードバックしていく、そのための手段として起業を選んだ。研究者としても起業家としても、モチベーションの源泉は「研究成果を社会に生かしたい」という想いだ。

――まず、生命科学に興味を持たれたきっかけを教えてください。

父親も姉も、叔父もお祖父さんも全員医者という家庭環境の影響が大きかったと思います。子どもの頃、姉と一緒に父の病院へ見学に行ったのですが、当然ながら病院なので、病気の人がたくさんいますよね。その光景をみたとき、病気になってから治すのも素晴らしい仕事だけど、病気になる前に何かできないのかと漠然と思ったんです。姉は医者の道に進みましたが、私はもう少し広い視点で生命に関わりたいと思い、農学部の応用生命化学科で生命を対象に、予防の研究の道に進みました。

私が生きているうちに生命の仕組みが全て解明されるかわからない、とても難しいテーマですが、簡単なことに取り組むと未来が想像できてしまい、生きている心地がしないというか……奥が深くて難しいからこそ好きという感覚はありますね。

高橋祥子
京都大学農学部卒業。東京大学大学院農学生命科学研究科修士課程修了。同研究科博士課程在籍中の2013年に株式会社ジーンクエストを起業。2015年3月、博士課程を修了。2018年4月より株式会社ユーグレナの執行役員に就任。東京大学大学院農学生命科学研究科長賞、経済産業省「第2回日本ベンチャー大賞」経済産業大臣賞(女性起業家賞)、第10回「日本バイオベンチャー大賞」日本ベンチャー学会賞など受賞多数。

――なぜ難しそうなことに、情熱を傾けることができるのでしょうか?

同じようなことをやっている会社がすでにあったら、別に起業しなくても良かったんです。なかったから日本で初めて取り組んだ。現状の延長線上にある未来と、自分が行動した先にある未来との「差分」をイメージしたことで、自分がやらなくてはいけないという、半ば使命感からです。

よく起業家は「未来を変える!」と言いますが、未来はまだ来てないから何を比較対象として変えるのかという話だと思うんですね。「何」から「何」に変えるのか――自分が行動したことによる比較対象を設けることで、「何を差分とするのか?」という問いが明確になるようになりました。

――未来との差分とは別に、高橋さんの著書『ビジネスと人生の「見え方」が一変する 生命科学的思考』では、「他者から刺激を受ける」という観点でも差分について書かれていましたね。

人間は全体よりも個体として生き残ることがまず優先度は高いから、自分のことに集中できるようにそもそも視野が狭くなっているんです。小さな子どもが自分のことしか考えられないのは、ある意味そうしないと生き残れないからなんですよね。ただ、視野というものは共有することができると思っているし、視野の広い人と話をすることで自らの視野も広がる。「他者から刺激を受ける」というのはつまり、未来差分を描くのがうまい人と会話することによって、自ら意図的に差分をつくっていくということです。

研究の世界では必ず大量の引用文献を書きますが、過去の研究者の成果の上に乗って研究をしていると言えます。私自身の研究も、私がある日突然思いついたわけでなく、世界中の研究者から影響を受けながら、「実はこういうことがやりたかったんだ」と気づいたんです。

かつては、いかに自分がいい影響を受けるかを考えていましたが、私からなにか影響を受けたインターンの学生が起業していて、その人からすごく刺激を受けることもありました。いい影響をもらうだけではなく、与えていきたいと最近は特に思っています。

後悔しないことを決めることこそが覚悟

――意思決定の中で、高橋さんが大事にしていることは?

経営者は意思決定の連続なので、どう向き合うのかはいつも考えています。私が起業したときは、やりたいことのために会社をつくろうという感じで気負わずに起業したんですよね。なので、起業してからの方が葛藤はありました。研究者という道もあるのに起業して良かったのだろうかとか、巻き込んだ人たちが不幸になったらどうしようとか……。そんな迷いがあった時、ある経営者の先輩に「葛藤はないですか」と聞いたら、即答で「ない!」と(笑)。なぜかと言うと「後悔しないということを先に決めている」と。それを覚悟と呼ぶんだなと思いました。

「三年間は絶対やり切ります」というのも覚悟だし、「このインタビュー時間を有意義にするぞ」というのも覚悟。意思決定をする時に、うまくいってもいかなくても、その意思決定を後悔しないと思いきれるかどうか、それをすごく大事にするようになったんです。

そういう意味では、レストランでも小さな覚悟でオーダーを決めるわけです。後で「やっぱりあっちが良かったかな……」となるのがすごく嫌なんですよ(笑)。覚悟というと大きなもののイメージがありますけど、いい一日にしようといった小さいことから、会社の意思決定に従うことや、結婚や転職もすべて自分の覚悟ですよね。そしてそれは誰にも邪魔されない、自分との約束だから改ざんされないものなんです。

やっぱり転職しなければ良かったと思いながら過ごす時間は無駄ですが、絶対にこの期間はやりきると覚悟すると、生産性も上がるし、成長もする。自分自身と先に決めておくだけでいいんです。そういった考え方を常に意思決定では意識しています。

「覚悟は誰にも邪魔をされない自分との約束だから改ざんされないもの」と、高橋は静かに力強く語る。

――日頃、仕事の中で意識している行動や習慣はありますか?

初心を思い出すようにしています。そもそも私が生命科学の研究にのめり込んだきっかけの、生命の仕組みに畏敬の念を覚えた画像があります。DNAマイクロアレイというゲノム解析の手法があるんですけど、それが夜景みたいにものすごくきれいで。その点の一つ一つが遺伝子として機能を持って私たちの体の中で働いている、まるで夜景の灯それぞれに人生があるようで。つらいことや思うようにいかなかったことがあっても、DNAマイクロアレイの画像を思い出すと、なんのためにやりたかったのかと思い出せるんです。

一週間ほどかかる長い実験の最後に、それぞれのDNAの場所を蛍光色素で識別し、蛍光を当て発光させ、発光強度を調べることで遺伝子の発現量を調べるDNAマイクロアレイ。

サービスをローンチした時は、自分の遺伝子を調べることのメリットとともに、「遺伝子を調べるなんてとんでもない!」といった批判もありました。社会のためにいいことをしようとやっているのになぜ、と悲しくなったのですが、時間をかけるとだんだん理解もされてきて、今では検査自体を批判する人は減ってきました。ですが、つらい時はどうしても視野が狭くなります。10年後から見たら本当につらいことなのかと、固まった思考をゆるく広げるようなアイテムがあるといいですよね。

――短期的な目線と長期的な目線を切り替えるのは難しくないですか?

生活習慣みたいなもので、私は昔から切り替えをしてきました。子どもの頃の話ですが、好きなアイスを大切に取っておいたら弟に食べられてしまったんです。母には「お姉ちゃんなんだから我慢しなさい」と言われて、すごく悲しかったんですけど、一週間後に同じアイスを買ってきてくれた時には、悲しかったことはすっかり忘れていました。あの時、もし一週間後に思考が飛んでいれば、いまの悲しみはないないはずだと、気がつくことができたはず。この出来事をきっかけに自分の中で思考実験をするようになりました。緊張する時や、ネガティブな感情を持った時に、長期の軸で見ることをずっとやってきました。

生命科学のことを学んだあとだから言えるのかもしれませんが、そもそも悲しみや不安などの感情は、遺伝子に組み込まれた機能の一つなんです。起業する時も不安でしたけど、起業がうまくいかなったとしても死ぬわけではないし(笑)、元来備わっているものと思うと気持ちの持ちようが変わります。生命の仕組みを考えると、開き直ることもできる。

組織の多様性を考えるとき、同一性にも着目せよ

――創業時に描いていた未来、そして現在地についてはどう捉えていますか?

紆余曲折はありましたが着実に前進しています。ジーンクエストでは、生命科学の中でも特に人のゲノムに焦点を当てていて、そのゲノム情報を活用することによって、個人や国、社会が抱えている問題を解決していけると思っています。病気のリスクを事前に知って予防することも、まだ治療法がない疾患のメカニズムの解明や、薬をつくることにも貢献できるでしょう。個人が自分の体質をより深く知ることで新しい選択肢を得ることができるし、もっと生きやすい世界になると思うんです。

また、2018年にユーグレナグループに入ったことで、共に進んで行ける環境になったことはとてもよかったですね。ユーグレナでは基本的に遺伝子関連の検査事業全般を担っていますが、それまで20人規模の会社経験しかなかったので、500人超の会社になって自身の経営者としての成長も実感しています。

――ジーンクエストがこれからつくっていきたい価値は何ですか?

もともと創業時に考えていた、予防医療や健康に関してはこれからもどんどんやっていきたいです。遺伝子情報を知ることは「人間とは何か」を理解することに影響を与えると感じています。なぜ多様性が必要なのか、ゲノム情報を扱ううちに「こういうことなんだ!」と見えてきます。

ほとんどのヒトには、レアバリアントというその人にしかないレアな遺伝子配列を持っているので、ゲノム的には人類全員が少数派。何がマイノリティで、何がマジョリティかというのは実はナンセンスだし、マイノリティの人をグルーピングして差別することもいかに意味のないことかが分かるわけです。

多様性があることは、種全体としての生存の可能性を上げているので、自分と違う人がいることを否定することは、自分を否定していることにほかなりません。遺伝子的には生物のすべての存在は肯定されています。朝早く起きる人が偉いわけでもないし、ストレス耐性が高い人もいれば低い人もいることで成り立っていて、同調圧力も気にしなくていいとゲノムに教えてもらいました。私はすごく楽になりましたよ。

――『多様性の本質は「同質性」』と著書でも書かれていました。組織づくりの話とつながってきそうですね。

組織の多様性という話しになると、いろんな人がいることを大事となりがちですが、単にバラバラなものが存在することを多様性と言うわけではない。99.9%はみんな同じ遺伝子配列を持っていて、わずか0.1%だけ人によって違うから、はじめて多様性を認識できるんです。私たちから見て蟻が全部同じに見えるように、蟻からすれば人間もほぼ同じに見えるはずで、何を一緒とするかで、初めて何が違うかがわかります。

組織の多様性のつくり方もそうで、創業して間もないスタートアップで「この会社が潰れてもいい」と思っている人を受容することが多様性ではないですよね(笑)。一緒に成し遂げたいという前提のもと、いろんなタレントの人がいることが多様性なので、違いだけではなく同じところにも着目すべきだと思います。

多様性の本質は「同質性」。99.9%はみんな同じ遺伝子配列を持っていて、わずか0.1%が違うからこそ、はじめて多様性を認識できる。

――最後に、高橋さん自身にとって働くことの意義や軸を教えて下さい。

私にとって働くことは強制されるものではなく、「権利」というイメージです。昨年の出産が大変だったので二ヶ月ほど動けず、その間は仕事を休んでいたのですが、それがすごくストレスでした。

起業すると、「人生をかけていてすごいですね」と言われることがあるんですけど、みんな、同じようにそれぞれの人生はかけているんですよ(笑)。人生をかけていることに気づいているか、気づかずに失っているかという話です。自分の命を浪費するのか、あるいは投資するのかという違いです。私は自分の命を使うのであれば、失うのではなく何かを生み出したい。何を生み出すかは人によってそれぞれだと思いますが、何かしら他者や社会にとっていい影響を与えるものを生み出さないと、単に命を失っているだけという危機感があります。命をせっかく使うんだったらいい影響を与えたい、そう考えています。

  • TEXT BY 八木あゆみ
  • PHOTOS BY 寺島由里佳
  • EDIT BY 瀬尾陽(Eight Career Design)

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