リブランディングで再発見した“立ち返れる場所”──価値観の多様化の進む社会でオルビスが追求する「ここち」とは

優れた技術を持つ企業は数多くあるけれど、事業やサービスに独自性を感じさせる企業の共通項を考えたときに、その“技術そのもの”に優位性や独自性があるのではなく、社会や暮らしをよりよくするために技術を使うという「哲学」にこそあるのではないだろうか。 それはすなわち、企業としての「在りかた」を社会に提示し続ける姿勢であり、時には大きな変革の決断をする時に求められる「パーパス」と言えるのかも知れない。 本特集『“技術”と“在りかた”が社会を変える』では、社会をなめらかに変革していく企業の“技術”と“在り方”を紐解きつつ、いかに事業を社会と接続し続けていくかという観点から、企業のカルチャーにフォーカスしていきたい。


今回お話を伺うのは、オルビス株式会社(以下、オルビス)で執行役員を務める西野英美。オルビスは1987年に創業し、スキンケアを中心とするビューティーブランドへと成長を遂げてきた。しかし時代の変化とともに業績の伸び悩みに直面し、2018年に大胆なリブランディングを実施。「肌が本来もつ力を信じて、引き出す」というコンセプトはそのままに、見事な復活を遂げた。

同社はリブランディングを通じて何に気づき、どこへ向かおうとしているのか。“立ち返るべきもの”を見つけたオルビスが描く未来とは。

“戦術ドリブン”の通販事業で薄れた「お客様とのつながり」

ーーまず、2018年にリブランディングを実施した背景を教えてください。

きっかけは「ブランドの価値でお客様とつながらなければ、これからは生き残れない」と気づいたことでした。

オルビスは1987年に創業し、1999年にECを立ち上げています。その後、ファッションビル業態の商業施設を中心に店舗を拡大し、2000年代半ばから雑誌の付録などを活用して、幅広い世代にお客様層を拡大してきました。

カタログ通販が主体だった頃は、お客様とのコミュニケーションの中心にあるものは「データ」でした。どのお客様にどんなカタログをお送りすれば、どれだけお買い上げいただけるのかを、完全に数値で把握していた。「毎月いかにお客様に反応していただくか」が、私たちの最大の関心事でした。

ですが、ある時期から売り上げがそれまでのような伸びをしなくなりました。決して手を抜いているわけではないのに成果が出ない。そういう状況が続くと社員も自信を喪失していきます。「このままではまずい」と思ったわけです。

振り返ってみると、それまでの私たちはあまりに“戦術ドリブン”でした。お客様とは本来「ブランドの価値」でつながるべきなのに、当時の私たちは「キャンペーン」や「価格」によってお客様とつながっていたと言っても過言ではありません。

こうした状況を脱するためには、ブランドとして“立ち返るべきもの”が必要。そう考え、オルビスとは何を価値として提供するブランドなのかを、改めて見直す決意をしたのです。

西野英美
オルビス株式会社 執行役員。スキンケア、メイク、メンズ、海外ブランドと多岐に渡る商品企画の経験を持ち、2014年発売のブランドの基幹スキンケア「オルビスユー」の初代ブランドマネジャーを務める。その後、原価・開発管理のマネジャー、新規獲得プロモーションのマネジャーとキャリアを重ね、2018年より商品企画部長に就任し、スキンケアを軸とした商品強化を指揮。2020年より執行役員就任。2021年より、新規事業領域を管掌下におき、オルビス初のパーソナライズスキンケアをローンチするなど、未来に向けたブランド成長戦略を描く。

ーーリブランディングを経て、現在「ここちを美しく。」をブランドメッセージに掲げられています。そこにはどのような想いが込められているのでしょうか?

「女性活躍」や「自分らしく」といったメッセージが広く謳われている昨今、すでに十分頑張っている女性たちに「もっと頑張りましょう!」と、はっぱをかけるつもりはありません。もっと肩の力を抜いて、自分自身を慈しんでほしい。スキンケアの時間でエネルギーをしっかりチャージして、次の日を前向きに迎えてほしいという思いを込めています。

一般的に「ここち」の後には「良く」という言葉が続くと思いますが、あえてそうはしませんでした。それは、「ここち」は「良く」するのが正義とは限らないから。あくまでのその人基準での「ここち」を追求してほしい、という想いから「美しく」という言葉を使っています。

ーーフィロソフィーには「アンチエイジング」ではなく、「スマートエイジング」という言葉を掲げられていますね。

例えばシミなどの年齢による変化が現れたときに、それを消そうと必死にあれこれ買い集めるのではなく、変化を受け入れながら自分自身の価値観でお手入れをする。そうした年齢の重ね方を「スマートエイジング」と表現しています。

勘違いしてほしくないのですが、私たちは「シワこそ美学」のようなことを唱えるつもりはありません。シワを丁寧にケアするのがここちよい方には、手厚いお手入れ方法をご案内しますし、今のままで自分にフィットすると感じている方には、シンプルなスキンケアをお勧めします。その人に合った方法を選べるようにご用意しておくのも、「スマートエイジング」を提供する上で大切な取り組みだと考えています。

オイルカット処方は誇るべき技術だが、オルビスの“軸”ではない

ーーリブランディングは具体的にはどのようなプロセスで進めたのですか。

カタログ通販が主体だった頃は、毎月のように出る新商品それぞれに対してワーディングをしていました。しかし、リブランディング後は一つのメッセージを伝え続けることによってブランドの価値を訴求したいと思い、そのメッセージを考えるために、創業時からのカタログを全部出力して廊下に張り出したんです。

「肌の力を呼び覚ます」「肌の力を水の力で」……こうした大量のコピーを眺めるうちに、あることに気がつきました。言葉は違っても、私たちは同じことを言い続けてきている。それは「肌本来の力を信じて引き出す」というメッセージでした。オルビスは創業時からずっと肌本来の力を信じ、その力を引き上げる形での美しさを追求し続けてきたのだと改めて認識できたのです。

ここで再発見した自分たちの軸に基づき、先ほど説明した「ここちを美しく。」というブランドメッセージや、「スマートエイジング」というフィロソフィーを定めていきました。

自分たちの“立ち返るべきもの”が明確になるまでは、オルビスの本来提供するべき価値について社内に認識のズレがあったように思います。例えば「オイルカット処方」という先進技術。これこそがオルビスのコアだという考え方は、今の話に照らせば間違いです。私たちは肌本来の力を信じ、それをいろんな方法で引き出してきたブランド。オイルカット処方は、あくまでその一環に過ぎないのです。

ーーリブランディングを通じて見つけた本来の価値を提供していくために、体制面ではどのような対応をしましたか?

もともと通販事業部と店舗事業部が別々に存在していたので、チャネル別ではなく機能別の組織体制に変更し、あらゆるタッチポイントのお客様にシームレスに対応できるようにしました。

また、今回初めてクリエイティブディレクターの役職を設け、ブランド全体を統括するグループをつくりました。ブランドの世界観を守るためには、オルビスの発表する全てのクリエイティブに一貫性を持たせる取り組みが大切だと考えたためです。

ーー個別の取り組みについても教えてください。2018年には主力商品の一つである「オルビスユー」のリブランディングを行いました。

かつての私たちの強みの一つは、化粧品だけではなく健康食品やボディウェアなどさまざまな商品をご購入いただける点にあったのですが、これからはビューティーのドメインの中でスキンケアを中心としたブランドになろうという軸を定めました。

その中心となる役割を担わせたのが、「オルビスユー」です。商品開発の過程では、ブランドの思想や想いをしっかりと反映することにこだわり、リブランディングで定めた価値観に基づいて意思決定するプロセスを今まで以上に大切にしました。

特に注意を払ったのは、お客様とのコミュニケーションです。既存のお客様に、いかに「変化」ではなく「進化」と理解していただくか。最終的にリブランディング後も多くのお客様がついてきてくださったのは、「肌本来の力を引き出す」というブランドの根本的な部分が変わっていないことをご理解いただけたからだと感じています。

ーー2020年7月にはオルビス初の体験特化型施設「SKINCARE LOUNGE BY ORBIS」を表参道にオープンしました。これにはどのような狙いがあるのでしょうか。

これも、ブランドの価値でお客様と繋がるための試みです。テーマは「Feel first, Learn later」。体験を通じてブランドを理解していただき、そこで得たものを持ち帰っていただくことを重視しています。

例えば、施設内の水場の温度は洗顔に最適な人肌温度にし、お客様に泡立て体験をご自宅でも実践いただけるようにしたり。オルビスの商品を使って、お客様ご自身でもご自宅で実践できるトリートメントを施したり。お買い物エリアはあえて奥に設置し、入りやすい開放的な空間デザインにするなど、体験の質には特にこだわりました。

商品を購入するためだけではなく、お客様がいつでもふらっと立ち寄れる場所にすることで、お客様と今まで以上につながれる場所をつくりたかったのです。

2020年にオープンしたばかりの「SKINCARE LOUNGE BY ORBIS」、テーマは「Feel first, Learn later」。体験を通してブランドの思想が感じられるよう、多角的にデザインされている点が評価され、『2021年度グッドデザイン賞』を受賞した。

“余白”のあるパーソナライズにこだわりたい

ーーリブランディングを経て、社内外での変化は感じましたか?

お客様に私たちの本当に伝えたいメッセージが伝わった手応えを感じています。

今までは「オルビスユー」のような一つの象徴的な商品を売り続ける経験はあまりなかったのですが、既存のお客様からも新しいお客様からも着実に評価をいただけるようになりました。売り上げが伸びるにつれて、社員も失っていた自信を取り戻してくれたようです。

ーー今後はどのようなブランド展開を考えていますか?

価値観や美容のあり方が多様化していく時代だからこそ、その人らしく年齢を重ねていただくための商品やサービスを追求したいです。

その一環として、近年はORBISアプリ内のコンテンツに力を入れてきました。2019年からはプロのパーソナルカラー診断がスマホで手軽にできる「パーソナルAIメイクアドバイザー」、 AI分析で似合う眉の形とお手入れ方法をご提案する「AIアイブローシミュレーター」、 AIが5年後、10年後、20年後の顔立ちを予測する「AI未来肌シミュレーション」などのアプリをコアにパーソナライズされたCX戦略も始めています。

パーソナライズに関しては、お客様自身が選択する“余白”を残しながら、一緒に正解を見つけていける伴走者になりたいと考えています。「ここちを美しく。」というブランドメッセージの意味する通り、その方自身を基軸にしたサービスを提供したいという想いがあるからです。

今年の4月には、新たな挑戦として「cocktail graphy (カクテルグラフィー)」というパーソナライズスキンケアサービスを始めました。自宅で手軽に自分の肌を測定し、「自分の肌だけに向き合える」体験を通じて「今のスキンケアは間違ってないんだ」という確かな実感や手ごたえを味わうことができたり、「お手入れサボっちゃったけど大丈夫かな」という不安を解消するサポートができれば幸いです。

「カクテルグラフィー」は、IoTデバイス「スキンミラー」を用いて肌の状態を自宅で測定し、その人に合った美容液と保湿液、専用アプリからお手入れのアドバイスなどを受け取ることができるパーソナライズスキンケアサービス。
(※販売はブランドサイトからのオンライン注文のみ受け付けているが、表参道に展開するオルビスの体験特化型施設「SKINCARE LOUNGE BY ORBIS」では肌測定体験を試すことができる)

ーーオルビスは「一人ひとりが持つ美しさが、多様に表現されるここちよい社会へ。」というミッションを掲げています。ブランドを通じてどのような社会を作りたいと考えていますか?

「スマートエイジング」を軸に、その人自身の価値観で人生を歩んでいける社会を実現したいです。

そのような社会は、化粧品だけで十分に実現できるものではありません。最近は健やかな美しさを引き出す選択肢の1つとして、サラダの販売を開始するなど、今までになかった新しい試みも始めました。ミッションを実現するためには、いろんな手段があっていいはず。今回のリブランディングで得た“立ち返るべきもの”を忘れずに、これからも自由かつ楽しく、新たなチャレンジを続けていきたいですね。

この日、西野が何度も口にした「立ち返るべきもの」。ブランドのDNAとでも言うべき思想に忠実であるから、新しいチャレンジが生まれやすくなれる循環をつくり出した。それこそが、リブランディングにおける大きな成果ではないだろうか。

  • TEXT BY 一本麻衣
  • PHOTOS BY 小財美香子
  • EDIT BY 瀬尾陽(Eight Career Design)