美容室のパートナーとして、私たちは何を提供できるのか──ミルボン・竹渕祥平は「新しい違い」をつくるためブランディングに向き合う

なりたい自分になるための手助けをしてくれる場所、美容室。担当美容師が決まっている方にとって、定期的に顔を合わせる美容師の存在は、友人のような先輩のような、しかしその場所でないと会うことのない不思議な盟友ではないだろうか。

美容室でのシャンプーやスタイリングは心地の良い体験で、誰しも自宅で再現したいと思ったことがあるはずだ。しかし、美容室で使われているシャンプーやスタイリング剤は、ドラッグストアなどで目にすることができない。いわゆる「ヘアサロン専売品」だからだ。

ヘアサロン専売品を手掛ける国内トップメーカーである「ミルボン」は1960年創業の老舗で、もともと販売代理店からスタートしメーカーへ転換、これまで美容室の黒子に徹してきた。しかし数年前から、コーポレートブランディングに力を入れてきているという。歴史もあり、増収増益を続けてきた彼らがいま敢えてブランディングを強化した理由とは?ブランディングにかける思いを、ミルボンのブランド戦略グループを率いる統括マネージャー竹渕祥平に聞いた。


23期連続で増収━━なぜ、いまブランディングなのか?

ーーサロン専売品に特化し、国内トップシェアを誇るミルボンですが、まず会社の概要を教えて下さい。

販売代理店だったミルボンを、創業社長である鴻池一郎(元会長)が美容師と関わる中で、ものを売るだけでなくちゃんと作るところからやる必要があると感じ、メーカー事業へと変わっていきました。

ヘアケアのシャンプー剤などをメインに、美容室専売というBtoBのビジネスになりますが、サロンの先には必ずお客さまがいますのでBtoBtoCとも言えます。2020年は昨対をわずかに割ってしまいましたが、1996年の株式公開以来、23期連続で増収しています。

竹渕祥平
法政大学工学部修士課程修了。ミルボン入社後、営業職を5年経験した後、商品企画・販売促進に従事。在職中に中央大学戦略経営研究科修士課程修了。2015年より経営戦略部にてコーポレートブランディングを担い、公式SNSやオウンドメディアの立ち上げを行う。2019年よりブランド戦略を統括する形で業務範囲を拡大し、新規事業の自社EC「milbon:iD」の立ち上げを行うなど、事業のデジタル化・データ活用を推進している。

ーー竹渕さんが所属するブランド戦略室のテーマである、ミルボンの「ブランド価値向上」とはどのようなことを行うのでしょう?

「ヘアデザイナーを通じて美しい生き方を応援する」という、会社の理念を定めるために、現在の代表取締役社長の佐藤(龍二)が、社長就任後の2012年に「ミルボンウェイ」という理念ブックをつくりました。その中の一番根底にあるのは創業者の想い・信念である、「つぶれない会社を創る」こと。つぶれない会社とはすなわち「社会から必要とされる会社」です。「美しい生き方を、美容室が提供できる」価値を高めていくことが、ミルボンが社会に必要とされる要素と定めました。

それを体現するためには、一般のお客さまとステークホルダーに「ミルボンと美容師は社会に必要」と認識してもらわなくてはなりません。私たちが何者であって、何を提供できるかを整理する必要がある、私たちはそう考えました。そこで、2015年に大規模調査を行なったんです。

その調査結果は、私たちにとっては考えを改めなくてならないものでした。「ミルボンは美容師とともに」という想いは、ユーザーや美容室に来ているお客さまにあまり伝わっていなかったんです……。とは言え、それは当然のことです。それまではよりよい製品をつくって営業と美容室が一緒になって愚直にやっていけば良いだろうという考え方が主流で、そもそも一般のお客さまからのミルボンの見え方にこれまで全く意識を持ってこなかったから。

ーー株式公開時からずっと増収増益を続け、順調に成長しているように見えるなかで、なぜそもそも立ち返って調査をやろうと思ったのでしょうか?

2010年ぐらいまで、弊社には「我々は黒子だ」という文化がありました。主役は美容師さんだからメーカーは前に出ない方が良い、と。当時は雑誌から掲載依頼が来たらお断りしていたくらいでした。私たちはあくまでも裏方である意識が強かったのですが、美容業界の流れ自体が変わってきたのが調査のきっかけのひとつです。

その流れというのは、シャンプーやトリートメントなどの製品が、美容室の店舗販売の売上に占める割合が大きくなってきたことです。以前は、ヘアケア製品は悩んでいる人に美容師からお裾分けするぐらいの感覚でしたが、ヘアカラーが浸透してきて、髪の毛のダメージが気になるようになり店舗で使っているヘアケアプロダクトに顧客の興味が移ってきました。

ヘアケアプロダクトへ興味がわくと、製造している企業ブランドへの関心も生まれます。そんな時代の流れと共に、顧客である美容師の先の一般の方々を意識して、ブランドのあり方を考え直そうと踏み切りました。

美容室と理容室を合わせると国内に約25万軒。コンビニ(5万軒)や、信号機(21万本)よりも実は身近な存在。美容室専売は決してニッチな市場でない。

弊社のマーケティングは、商品を開発するために美容師の声を直接聞くスタイルで、全国津々浦々の活躍している美容師を年間数100軒ほど訪ね歩いてきました。だからこそ、現場の傾向を肌感覚でつかめていたのかもしれません。それらの声を元にして、求められる半歩先の商品を出していくのが弊社の開発手法「TAC製品開発」(TAC=Target Authority Customer)です。社長も自ら全国のサロンへ訪問しますので、話の中で社長自身が変化を感じ取って、このタイミングでブランドへの捉え方を切り替えないと、社会から必要とされる要件にはなりえないと舵を切ったのです。

営業が自社のことを「自分ごと」として語れるように

ーー舵切りのタイミングで、竹渕さんに課されたミッションはなんだったのでしょう?

最初に戦略策定からはじめました。美容室に行くことの価値を僕らが啓蒙することによって、そのメーカーを使う美容室に好感を抱く。「ヘアデザイナーを通じて美しい生き方を応援する」という理念が、ミルボンブランドにちゃんと紐付いていくよう、中期的なブランド戦略を1年かけて整理し、企画書として落とし込みました。最初はブランディングプロジェクトのコアメンバーではなかったのですが、「自分で組んだ戦略なんだから、自分でやってみなさい」ということで、ブランド戦略グループとして企業広告、SNSマーケティング、オウンドメディアなど、企業のブランドコミュニケーション全部をやっています(笑)。

当時、部門を移転する前、私は商品企画部に在籍していて、自分のもやもやした危機感を言語化するために、中央大学の社会人大学院で田中洋(前・日本マーケティング学会会長)先生のゼミに入っていたこともあり、様々なタイミングが重なったと感じました。

とはいえ、最初の数年は何も生産していないという焦りもありました。美容室に行って企画書を月に何本も出し、商品を出して現場に行くという目に見える成果があった状況から、一人で幽閉されているような状況になったので(笑)。でも、結局は外に出て情報を取らないとブランド戦略はつくれないので、様々な業界・業種の人に会いに行き、企画書を練り上げていきました。

工学部出身の竹渕のキャリアのスタートは、「フィールドパーソン」と呼ばれる課題解決型提案営業から。美容室の新人教育からカラー塗布などの技術面、キャンペーン提案などを行い、「楽しすぎて気づけば5年ほど経っていました(笑)」と振り返る。

ーーそこから、社内のブランドに対する意識は順調に変化していきましたか?

いや、スタートは全然でした。「ブランドで、売上にプラスな影響をだせるのか?」という問いには常に向き合っています。やはり現場のフィールドパーソン(営業職)が向き合う先は、美容室と商品が第一になりますよね。それで良いと思うんです。その上で僕らも社内の直接的な啓蒙をさぼらずにやるに限ります。ただ、正直な話をすると、そこでのブランドに対する意識の変化あまり求めていませんでした。

なぜかと言うと、自分自身もフィールドパーソンだった時代を振り返ると、会社の方針として降りてきた情報は頭に入れるものの、現場の美容師さんからの声に変化がない限り営業スタイルは変わらない。社員のブランドに対する意識も同様で、お客さまからの変化や評価がない限り、すぐには変わらないと思っています。

ちょっとエピソードをあげると、銀座エリアの交通広告ジャックする企業広告を2016年に打ちました。これによって社員の親戚や取引先の美容師から「ブランドを意識しはじめたんだね」といった声が社員の耳に入ります。他にもオウンドメディア「Find Your Beauty MAGAZINE」を立ち上げてストック型のコンテンツをつくり、動画プロモーションも行っています。

2016年から継続して行なっている、ミルボンの企業広告「Find Your Beauty」。

これらのアプローチの結果、ミルボンの企業姿勢に共鳴するサロンのオーナーさんが現れはじめて、フィールドパーソンからブランドの大切さや、美容室の価値向上につながることに全社を上げて取り組んでいる、と「自分ごと」として語るメンバーも出はじめました。このあたりからようやく、企業としてブランドを考えることの重要性が認識されてきたかもしれません。“ミルボンは美しい髪を自信に新しい世界に羽ばたく人々を応援する企業である“ことを伝える、それが美容師さんとの信頼関係に繋がっていくことも実感するようになりました。

美容室に行ったあとの心境の変化を描いた、ミルボン スペシャルムービー「美容室の帰り道」

ただ、コンテンツで会社の姿勢や大切にしているものを伝えるのは重要ですが、結局は購入した時の体験や商品が変わらない限り、ブランドとしてミルボンから連想される“らしさ”をお客さまの頭の中に持ってもらうのは難しい、という事実を3年間で体感してきました。

そこで、美容室が出店するECプラットフォーム事業として、「milbon:iD」というオンラインストアを2020年に立ち上げました。メーカーの公式ECですが、メーカー直販ではなく、美容室が販売する一風変わったシステムで、売り上げもすべて美容室に入ります。おかげさまで、開始12か月で登録サロン件数は1800軒を超えました。「milbon:iD」を立ち上げたことで、美容室を通じて事業展開をしているという理念が伝わりますし、ミルボンはシャンプーを売る会社ではなく、美容室のパートナーであることを少しでも感じていただけるのでないかと思っています。

「差」ではなく、他がやれない「違い」をつくる

ーー竹渕さんが仕事で大切にしていることは?

2つあって、ひとつは「差ではなく違いをつくっているか」。美容業界は変化が激しいので、「差」よりも「違い」をつくることが求められます。「差」は優劣として測れるので追いつかれる可能性はありますが、「違い」は固有のもの。まさに社会から無くてはならない個になれるかどうかです。提案をまとめるときは、現状の延長線上の未来を見据え、「違い」をつくれているか?自分自身もそうですし、メンバーにも問いかけています。

もうひとつは「違い」をつくるために、ミスを恐れずにどんどんチャレンジすること。ミルボンは創業60年の老舗ではありますが、社長自身もがんがんチャレンジして行くタイプで(笑)、現状の延長上の企画を相談しても、響きません。会社の理念や哲学、そして消費者と美容師さんのためになることから逸脱してなければ、「新しい違い」をつくるための企画は積極的にバックアップしてくれます。

ーー「では、「新しい違い」をつくるため、リーダーとして心がけていることを教えて下さい。

いまブランド戦略グループは7人いて、チャレンジすることについてはずっと話しています。グループには社歴が長い人たちが多いですが、仕事としては単年契約の気持ちでいるんです。会社に対して個人としても「違い」をつくれなければこのグループに存在する意味がありません。

また、情報に対しての感度を同業他社の中で誰にも負けないという状態まで研ぎ澄まさない限り、新しい「違い」はつくれないと思っています。グループ内での企画提案や壁打ちでも、私より情報が足りていない時点でもう一度調査から再スタートとなります。それくらいの覚悟をもって企画を立てないと仕事も面白くなりません。

会社の行動基準のひとつに「責任感100、権限0」というのがあって、役職が上だからとかではなく、これが大事だと思ったら責任感を持って、その人の権限でやっていく文化があります。100の責任感があれば、誰よりも情報も示唆も持っているはず、という前提のもと任せるので、GOサインが出た企画にはほぼ指示は出しません。しかし何かがあった時にはフォローする人が集まっているからこそ、権限を移譲できるんです。

ーー最後に、竹渕さんが仕事を通してつくっていきたい未来とは?

私がミルボンに入社したきっかけは、長年担当してくれていた美容師さんが勧めてくれたからですが、その美容師さんは私のことを長く知っていたからこそ勧めてくれたように、信頼できる美容師さんがいる人生って豊かだと思うんです。家族、友人、同僚以外でお互い名前を覚えている人との関係性って貴重ですし、信頼できる美容師さんが側にいる価値は大きい。そのためには僕らみたいな企業メーカーの力も必要と考えています。

信頼できる美容師がいることは人生を豊かにする。竹渕自身、進路を決めあぐねていた大学院生時代に、担当美容師からミルボンを勧められたことが入社のきっかけだった。

美容師のための教育や課題解決は60年間ずっとやってきたものの、顧客の視点を取り入れたのはまだ5年ぐらいで道半ばなので、これからやるべきことはたくさんあります。これまで会社が大事にしてきた美容室への価値提供を守りつつ、その先の顧客体験もどう高めていけるか、社会から必要とされる会社としてどう新しくアップデートできるかを考えています。

  • TEXT BY 八木あゆみ
  • PHOTOS BY 高木亜麗
  • EDIT BY 瀬尾陽(Eight Career Design)

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