“消えない言葉”を紡ぐため、自分が本気で信じられることを探していく
──小藥元の「問いの立て方、思考のほぐし方」

企業や商品、広告とこれまで数多くのコピーライティングを手がけてきた小藥元。相手に響かせる言葉を生み出すには「自分が本当に思ったこと」を語るのがとても重要と話す。どんな仕事にも通じる、小藥の発想法や問いの立て方を聞いた。


企業の価値と生活者の価値、その重なりを書く

――小藥さんはご自身の仕事をどういうものと捉えていますか。コピーライターとはコピーやネーミングを考えるだけではなく、企業のブランディングや方向性を指し示す言葉をつくっていくような仕事だとイメージしています。

まさにそうです。経営者の方は、自分たちがなぜ事業を始めたか、ブランドはどういう方向に進んでいくべきか、もちろん日々考えられていますが、コピーライターはそれを外部の人間が改めて言語化・精緻化する仕事です。それはブランドに関わる人間を束ねるためにも、ブランドを成長させるためにも、とても大きな役割と力を持ちます。そのとき大切なことは、「何を言うか」と「どう言うか」。そして、「誰が言うか」。クライアントが言いたいことをそのまま書くのではなく、誰に伝えていくかをまず考えて書きます。

昨年、池袋に誕生した「かるまる」という大きなサウナ宿泊施設のネーミングを開発しました。これは「浸かる」と「泊まる」というコンセプトから抽出したわけですが、「かるまる」とひらがな4文字で表現しました。お風呂とサウナが合計何個もあるみたいなことも特筆すべきことかもしれませんが、そこでのネーミングを僕はしなかった。「かるまる」という言葉は、一見すると平仮名なこともあり、ダサいと思われるかもしれない。しかし、ある種の「ゆるさ」みたいなところがサウナが好きな人の価値観や気持ちと合っているはず。男の人たちのお風呂やサウナに行きたくてしょうがない気持ちや、体がほぐされてダメになってしまう感じとか。「かるまろう」とか「かるまりたい」など、みんなが言葉で遊べる余白があります。そこまでを想像しながら、企業・ブランドにとっての価値と、僕たち生活者にとっての価値が重なるところでいつも書こうとしています。

コピーにおいて、当たり前の情報では人の心は打たない。嘘はなおさらだめ。「まず自分がどう思ったか」が重要ではないかと語る。

――いまや誰もがSNSなどで言葉を発信できる世の中ですが、そんな中でのコピーライターの価値についてはどうお考えでしょうか。

代理店から独立してはじめて気づき愕然としたのですが、コピーライターが何をしてくれる人か、社会的・一般的には言語化されていません。ということは、世の中に価値をほとんど提示できていないんですね。先日「神田やぶそば」と「麺屋武蔵」のコラボレーション商品に「ヤバそば」とネーミングしました。いまは、なにかをおいしいと感じれば、「♯まいうー」と、誰でもつぶやいて表現できる国民総ライター時代です。僕も紙一枚に文字を書いてプレゼンするわけですが、「これ社内の新人が先週出した案と同じです」と言われる可能性だってあるわけです。言葉を考えられない人もいないし、使えない人もいない。アイデアだって、社長が社員10人に「10案出して」と投げかけたら、その会社には100案も集まります。

そんな中で、プロを名乗るからには歴然とした違いを証明していかなければいけません。それは、物が売れることかもしれないし、迷走していた社内がまとまることで次のステージへ踏み出せることかもしれません。しかし、まずは提案の場所でプロとして驚きと感動を与えなければいけないと思っています。これは戦いです(苦笑)。相手の期待を下回ってしまったら、絶対に二度と仕事はきません。私たちがどこかのごはん屋さんに期待することと同じですね。おいしく食事できる場所は他にもありますから。日々、宮本武蔵のように「いつ斬られるかもしれない」というヒリヒリした恐怖を抱きながら、自分の職業と名前を賭けて働いています。なにせ言葉という刀一本ですから。でもきっと、真剣に職業に向き合っている人は、みんな同じような気持ちなんじゃないでしょうか。ライバルはたくさんいる前提のもと、だからこそがんばるわけで、それこそが個性や愛され方につながると思うのです。

モノから出てくる言葉、ヒトから出てくる言葉

――コピーライターとしてアイデアを発想していくために、普段から行っているインプットはありますか?

僕が唯一やっていることは、自分の気づきや発見をメモすることです。「新アンパンマンこどもミュージアム」の施設コンセプトを求められた際、「いっしょにわらうと、いっぱいたのしい。」と書きました。それは僕に子どもができて気づいた体験からそのまま生まれています。経験上、人生における発見がコピーにつながる部分は大いにあるので、気づいたことを極力メモするようにしていますね。

新アンパンマンこどもミュージアムの施設コンセプトおよびコミュニケーションコピー(「いっしょにわらうと、いっぱいたのしい。」)を担当(2019年)。 (C)やなせたかし/フレーベル館・TMS・NTV

また、自分が文章を書きたくなるときの「かけら」、つまり「はじまり」のような空気を逃さないようにしています。この間家族で旅行に行った際、雪が降ってきました。そのとき自分はすごくきれいだなと思っていて、雪をずっと眺めている。だけど長男は、雪を食べたいと言う。また、次男は雪で何かをつくりたいと思っていた。僕に雪というテーマで依頼が来たとき、その景色をヒントに何かを書き始められる予感がするのです。

小藥の趣味は、15歳の頃から蒐集しているヴィンテージファッション。今回のインタビューで「家族」という言葉を繰り返し使っていた小藥だが、家族もヴィンテージ品も「ひとつしかない」ということに、美しさや尊さ、価値があると語ってくれた。

――心が動いたときの発見をメモすることが発想につながっているのですね。では、実際にコピーをつくるときにどのように思考しているのでしょうか?

モノから出てくる言葉と、ヒトから生まれる言葉を行ったり来たりして考えます。モノからというのは、商品やブランドが持っている価値。ヒトからというのは、「人間ってそもそも何なんだろう」という、人間が持っている本質的な何か。それをひたすら問い続ける、ただそれだけですね。しかし人間の本質について考えても、他人の心なんて分かるはずがありません。だから自分が本気で信じられることを探すしかないんです。

博報堂時代、「マイケル・ジャクソン遺品展」のコピーの依頼がありました。しかし僕は、マイケルに関しては好きな方に比べればあまり詳しくなかったんです。そのままコピーを考え始めると、マイケルは世界何カ国で知られ、何億人に聞かれているなどと、対象を遠くで捉えてしまいます。結果、表層をなでただけの、一見大きいことや綺麗なことを言ってそうな、けれど中身空っぽで力のないコピーができてしまうと思います。

マイケルと僕と距離が離れているならば、それを自分のところまで持ってこなければいけない。そうでなければ強くスイングできないのです。そう考えていったときに、大切な人が亡くなったときの気持ちだったら書けるな、と思いました。それは自分の恋人かもしれないし、母親かもしれない。だから「星になっても、月を歩くだろう。」というのは、ムーンウォークを表現しているマイケル・ジャクソンの追悼コピーなんですけれども、多くの人間に当てはまる言葉になっています。どんな人でも大切な人を失ったら「なくなったけれど、なくなってなんかいないよね」と本気で思えるんじゃないかなと。それが強い焦燥と共に大きな共感を生んだのかなと思います。

キャプション:小藥にとって印象深い仕事のひとつ「マイケル・ジャクソン遺品展」(2011年)。

――対象を自分の距離まで持ってきて「自分ごと化」する。これは発想するための問いの立て方として、どんな仕事でも共通でしょうか?

そう思いますね。最終的には、言葉に血液を入れていかなければいけません。「生きている言葉」と言い換えられます。ただのテキストじゃなくて、それが本気の言葉なのかどうか。これはクライアントへのプレゼンでもそうです。言葉を発する相手の顔を見れば、声を聞けば、どれだけ考えているのか、直前にさらっと用意したものなのか違うのか、すぐにわかると思います。さらさらした、嘘っぱちの言葉が並んでいても響かない。面白くない。当たり障りのない話は、人の心を打たないのではないでしょうか。そこを飛び越えていくためには「自分はどう思ったか」が重要で、発想においても問うべきことかなと思いますね。

もう他人に評価を委ねるのはやめた

――小藥さんの仕事におけるテーマは「消えない言葉」を書くことだとか。

広告は期間が決まった刹那的な仕事も多いですし、言葉で溢れかえっている時代だからこそ「消えない言葉」を掲げています。すぐゴミになるような言葉は書きたくないんです。強い言葉や愛される言葉であれば大切に長く続いていきますし、売れればずっと残る。しかし、言葉を書きたいと思う瞬間との出会いを、だいぶ人任せにしていたなと。いままでは自分を燃やしてくれるクライアントと出会って、「書きたい」と思えていたわけです。けれど人に火をつけられる「他燃」だけではなく、2019年の終わりから「ぱぱことぱ」というWebサイトでのコンテンツ制作をいわば装置としてつくって「自燃」を始めています。

「父から君へ、ずっと消えない言葉。」というコンセプトで、思い出の場所で撮影した写真とともに載せています。それを最初に決めた字数で毎回書ききっています。お父さんからの言葉なんてものは、どこにも売られていない。だから尊く、ずっと消えないものであると思っています。

構想から公開まで約1年半ほどかかったという「ぱぱことば」(2019年)。小藥はライフワークのように続けていきたいと語る。
http://papakotopa.jp/

――「ぱぱことぱ」を見て、特にクリエイティブワークに携わる方は、自燃となるような仕事をやりたい、と思ったのではないでしょうか。

僕はたまたま人生の中でコピーライターという職業につき、幸運にもものづくりに携われているという感覚を持っています。人間の根源的な欲求として、何かを残したいというものがあるはずです。コピーライターの仕事をはじめて15年目なのですが、いまの僕が持っている能力でできることは、言葉で何かを残すことしかないと改めて思っています。そして、いままでは仕事という他燃だけでしたが、自分が伝えたい言葉を作ることにもっと素直になるというか、バランスをとりながら時間を費やしていってもいいかなと思っています。またこれは最初から意図したことではないのですが、結果的に小藥元という人間が丸裸になっているため、仕事を依頼する前に僕のパーソナリティーや価値観がわかる一つの材料になっているのではないかと思います。

――最後に、小藥さんにとっての「いいしごと」とはなんでしょうか?分かりやすい答えがない時代ですが、迷いながらでも語れる言葉はあるでしょうか。

以前、池袋パルコのメンズ館のリニューアル広告のコピーで「変わってねえし、変わったよ。」と書きました。自分でもいうのもおこがましいですが、僕はいまでもその言葉が好きなんです。たとえ歳をとっても信じられると思っています。けれども、優れた広告コピーを集めた「TCC年鑑」に1次通過もしなかったんですね。そこで、僕は他人に評価を委ねることをもうやめました。

池袋パルコのメンズフロアーリニューアル広告(2016年)。「変わってねえし、変わったよ。」というコピーは、たとえ歳をとっても信じられる言葉だと語る。

自分の実力不足もあったかもしれません。広告になってないと思われたかもしれないし、うまくないと思われたかもしれない。けれどそこを掘っても仕方がないと思うんですよね。だって、僕は自分が書いた言葉の中で圧倒的に一番良いと思っているんだから(笑)。

いままで特に会社員時代は、広告賞などで選ばれるような仕事が「いいしごと」と考えていたかもしれません。いわゆる小さな村の中で生きていたのです。でもいま、僕にそのフィルターはなくなってしまった。僕にとって「いいしごと」というのは、自分の人生を振り返ったときに、やってよかったなって自分で思える仕事です。もっといえば「誇れる仕事」でしょうか。そう思えるものであれば、僕にとっては全部「いいしごと」です。「いいしごと」をしなければ次がない。本当に自分がいいと思っているものを出しているのか。そこに尽きる、そこから全てはじまる、と思っているんです。

企業に属していると自分や他者の評価はどうしても聞こえてくる。そこから一歩引いて仕事を見つめてみると、「いいしごと」の本質が見えるかもしれない。

  • TEXT BY 弥富文次
  • PHOTOS BY 鈴木久美子
  • EDIT BY 大村実樹(東京通信社)