「街の未来の体力となる、現在進行形の小さな動きを最大化させる」坂本彩
──連載:自分の仕事をつくる

「働き方」の多様化が進んだことによって、必ずしも仕事が効率化されたわけでない。むしろ求められる知識やスキルはより複雑化していった。本連載では、モデルケースのない時代に自らのキャリアを切り開く次代のリーダーに焦点を当て、「自分の仕事」をいかにしてつくるのか、そのリアルな声を集めていきたい。


東京・日本橋に本社を構える日本最大の不動産会社、三井不動産株式会社。オフィスビルから商業施設、ホテル・リゾート、マンション等幅広い不動産開発事業を中心に、総合ディベロッパーとして街づくりの「企画・開発・営業・運営」を手掛けている。

少々お固めな大企業のイメージを持つ人も多いであろう同社で、三井グループのルーツ・本拠地である日本橋の街づくりを担当している坂本彩。彼女の名刺の肩書は「日本橋街づくり推進部 事業グループ 主事」。一体どんな仕事をしているかうかがうと、日本橋という街のサポーターであり、エリアマネージャーでもあった。イベントを開催したり、メディアを運営したりとその業務内容は多岐に渡るが、それらはすべて、歴史ある街がさらなるチャレンジのもと激動の時代をサバイブするために街の体力をつけることへと繋がっていた。

「日本橋を、大きなパワーを持つ小さな動きがたくさん生まれる街にしたい」と話す坂本に、その考えに至るまでの背景とディベロッパーとしての街づくりの新しいかたち、そしてそれらを通して描く未来について話を聞いた。

カタチのあるもの、意味のあるものが、仕事だ

――三井不動産に入社された理由は?

大学は一橋大学の経済学部だったんですが、ラクロスに明け暮れる日々で、真面目に勉強した記憶がありません(笑)。そして「いざ就活!」となっても、何がしたいかが分からなかったんです。建築士である父の影響から「カタチのあるものが仕事」という概念だけはあったのですが、「ものづくりに携わりたい」という漠然した考えだけだと、業種も職種も多岐に渡り、選びきれない。なので、「何をするか」ではなく「どう働くか」という軸を重視することにしたんです。三井不動産には前向きに仕事に取り組んでいて、自分で新しいことを始めようという姿勢の社員が多く、風土に惹かれ入社を決めました。

入社後は商業施設営業部に配属となり、郊外型物件のテナント営業をしていました。関東・関西のららぽーとシリーズやラゾーナ川崎といった大型物件のリニューアルを担当しましたが、勉強不足なこともあり、「自分だからできる仕事」みたいなレベルにはなかなか到達ができなかった。最初の部署では自分自身に対してフラストレーションを感じていましたね。一方、営業部の後に配属になった商業施設の運営会社では、お客さまと近い場所で、様々なコミュニケーションが発生する仕事にとてもやりがいを感じていました。ルーティーンが少なく、日々様々な課題に対し解をつくっていく業務はとても楽しかったです。

――どんなきっかけで日本橋の街づくりに関わるようになったんですか?

入社六年目に日本橋街づくり推進部に異動辞令が出たのが、私が日本橋にどっぷり浸かるようになったきっかけです。その頃の日本橋は「COREDO室町」などの開発がどんどん進んでいるタイミングで、街のイメージも大きく変わりはじめている頃でした。「絶対忙しいんだろうなあ......」といやな予感がしましたね、正直(笑)。

日本橋街づくり推進部への異動辞令に「いやな予感がした」とあっけらかんと話す坂本。インタビュー中も終始笑顔での受け答えが印象的だ。

案の定、社員二人でやっていた業務を一人で引き継ぐという、キャパオーバー確実の状態からスタートしました(笑)。日本橋のプロモーションとイベント関係、エリアマネジメント法人の運営・事業企画を担当することとなり、最初の一年は考える時間もなく、日々業務を回していくのに必死でした。

また、街の方たちとのリレーションづくりも最初は大変でした。私たちの部署は地元のみなさんとの関係をとても大切に考え、何をするにも地元の方々との連携を重視しながら進めます。なので、ひとつイベントをやるにしても、地元のみなさんの協力をもとに推進することが求められました。ですが、何も知らない若者がご依頼にうかがうわけですから、当初は厳しい反応をいただいたりもしまして......。でも、頻繁に顔を合わせて、一緒に汗をかいていくうちに、だんだんと認めてくださるようになってきて。イベント後に「坂本さん、街のためにありがとうね」みたいな言葉もいただくようになり、何かのプロジェクトを一緒に、チームとして進めることの大切さに気づきました。

――坂本さんから見て、この数年の日本橋にはどんな動きがありますか?

地元の中で、さまざまな個人や団体が主体となった動きがたくさん生まれています。例えば、人形町の酒屋さんが周辺の数店舗とはじめた「日本酒利き歩き」というイベントは、いまや100近い店舗が参加し、一日に8000人のお客さまが来るイベントにまで成長しています。我々デベロッパーによる街づくりはドラスティックに街を変えていく活動。街の機能を高め、来街者を増加させるパワーが確かにあります。けど、想いのつまった個の継続した動きこそが、街づくりにおいては大きな力になると感じています。地元の方たちの自発的な動きや、そうした動きを生み出す地元の「人」こそが、街をつくっているんですよね。

地元のイベントやお祭りにも積極的に参加し、街の小さな動きへと目が向くようになっていく。

なので、我々デベロッパーも、集客性の高い企画を推進するだけではなく、小さい動きを増やしていくようなことにも投資を行うべきなのではと思うようになったんです。派手なイベントをして起爆剤的に機能させることも時に重要かもしれませんが、継続的に街がにぎわうには、街の内部に「人」の活力がみなぎっていることこそが必要だと思って。街の人と人が繋がる新しい場を生み出したり、街の人が新しくチャレンジしようと思える機会があること。そうしたきっかけづくりに、力を注ぎたいなと思いはじめたんです。

そんな想いを抱いていたときに、面白い出会いがありました。クリエイティブチームのバスキュールさんです。

――バスキュール側からのアプローチだったそうですね。

そうなんです!それまではいわゆるイベントの企画は、私たちがオリエンをして、代理店さんに提案いただく形が多かったんですね。けど、そのスタイルだと意思疎通がうまくいかなかったり、ともすれば受発注の関係での仕事になりがちでした。そんな課題を感じているなか、バスキュールさんは全くそんな感じではなくて(笑)。最初に朴さん(株式会社バスキュール 代表取締役/クリエイティブディレクター朴正義)にお会いしたときも、「僕はこれがやりたいので、三井さん一緒にやりませんか」というスタンスで企画を持ってきてくださったんです。最初のお打合せの際もめちゃめちゃ楽しそうにお話されていて、こちらも思わずわくわくしたのを憶えています(笑)。

朴さんたちとはその後、イルミネーションのイベントでご一緒したのですが、仲良くなって色々お話をしていくと「どうやらバスキュールには他にも色んな得意領域をもった方がいそうだぞ」と見えてきて。デジタルコンテンツのイメージが強い会社ですが、コミュニケーション設計をする人もいれば、ハード開発をする人もいるようだな、と。

当時私は、「街の情報発信強化」という課題に取り組んでいて。これまで運用されていたWebやSNSの基盤の課題を整理し直し、外部の方にご相談を差し上げているところでした。色々な方からアドバイスをいただきましたが、基本的には「メディアにのせるコンテンツをつくる」「そのコンテンツをのせるためのメディアを買う」というものがほとんどでした。「うーん、それでいいのかな。」ともやもやしていて......ふとバスキュールさんにもご相談してみたんです。

それを受けて、後に一緒にお仕事をすることになる佐々木さん(株式会社バスキュール コミュニケーションプランナー佐々木大輔)がこのお題を一緒に考えてくださることになり、それまでとは全く異なる考え方に触れることになりました。街の中にチャレンジを生み出し、街の内外の「人」を発信源に変えていく、そんな企画をしてくださったんです。それまでに感じていた私自身の街づくりへの考えにもとてもフィットして、「あ、これはとても良い議論をさせていただけそうだな」と心強く思ったことを覚えています。佐々木さんはコミュニケーションという観点から、活動に構造的な意味をつくることに本当に長けていらっしゃって、同僚じゃないかというくらい頼りにさせていただいています(笑)

日本橋に新しいチャレンジを増やしていく

日本橋はご存知のとおり老舗が多い街なんですけど、街の皆さんは「のれんは"守る"ものではない」っておっしゃるんですよ。色んなチャレンジと変化を続けてきたからこそ、老舗になっている。挑戦することが街のDNAに染み込んでいるんですよね。それがうまく可視化されていない、むしろ保守的なイメージが街についてしまっているのはもったいないね、と。そうした議論を重ねていく中で、「OPEN」「CHALLENGE」「COLLABORATION」というキーワードにたどり着きました。

日本橋には少し保守的なイメージがあるかもしれませんが、実際街の方たちは、若い人にも入ってきてほしいと思っているし、新しい繋がりも持ちたいと思っている。そうした想いを表現していくために「OPEN」という言葉を掲げて、多くの方が参加できる「隙間づくり」を企画の中で意識するようにしました。また、「CHALLENGE」は、日本橋に根付く「挑戦を続けてこそ老舗」という考えそのものですね。「COLLABORATION」は、日本橋ならではの歴史や文化を尊重しながら、新しい要素とのコラボレーションで、これからの日本橋を発信していこうという考えです。

そして、これらをアクションとして体現しようとはじめたのが、若手クリエイターと街をつなぎ、日本橋の未来をつくる共創プロジェクト『nihonbashi β』と、新しいチャレンジやコラボレーションを伝える『Collaboration Magazine Bridgine (以下、Bridgine)』というメディアです。

日本橋を舞台に生まれている、新しいチャレンジやコラボレーションを伝えるメディア『Collaboration Magazine Bridgine(ブリジン)』
https://bridgine.com/

渋谷では、拠点を構える企業やクリエイターが自らイベントを企画して発信し、それが街の発信力にもつながっていますよね。それぞれが個性的な発信を行うことで、渋谷のカオスな発信力が増しているという側面もあると思います。一方、日本橋の街は発信が苦手なんです。自分で自分のことを話すのは「粋じゃない」みたいな考えもあって。けど、面白い活動をしている人はたくさんいるんですよね。なので、これをうまく可視化していくことで、少しずつ街の面白さが表出されるのではないかと思ったんです。そうした可視化機能として、Bridgineを立ち上げました。この記事コンテンツをもとに個々の発信を後押しできれば、小さな積み上げが大きな発信力に変わっていくんじゃないかと思っています。

一方、nihonbashi βでは、日本橋の街に「余白」をつくって、若手クリエイターが活躍できる機会づくりをおこなっています。彼らが参加しやすい公募のフォーマットを使ったり、企業とコラボレーションできる場所を用意したりしながら、様々な共創活動を生み出しています。そうすることによって日本橋の「OPENでありたい」というメッセージを表現できればと思っていますし、参加したクリエイターの方々が新たな発信源となってくださるのでは、という期待も持っています。また、若手のクリエイターの方々の参加により街に刺激や活気を生み出すことも目指しています。

――今後、日本橋という街をどう盛上げていこうと考えていますか?

街を継続的に支えてくためには、小さくても活動主体をたくさんつくっていくことが大事だと思っています。先日、nihonbashi βの開催したイベントをきっかけに、老舗の店舗さんから「街の店舗とのコラボレーションの商品をつくっていきたい」と相談を受けたんです。このご相談を受けて我々のリレーションのあるホテルにお繋ぎしたら、新しいスイーツをつくることになって。街全体からみたら小さい話かもしれませんが、街の中にこうした新しい繋がりをつくっていくことや、小さいアウトプットを積み重ねることが、十年後の街の体力を変えるんじゃないかと思っています。こうした活動がどんどん生まれる、そんなきっかけづくりに力を注いでいきたいと思っています。

もっと属人的な仕事をしていきたい

――坂本さんが仕事の軸としていることはありますか?

ひとつは「意味をつくる」ということです。自分の中でちゃんと仕事に「意味」を持たせて、納得した状態で動くこと。たとえ上から降ってきたような仕事であっても「こういう意味がつくれるんじゃないか?」と文脈を生み出すことができれば、プロジェクトが走リだしたりもするので、「意味をどう持たせるか」ということ、自分自身が納得して仕事に取り組むことは大切にしています。

もうひとつは人と現場レベルでしっかり向き合うこと。うちのように配属変更が多い会社の場合、継続性を考えると良くないのかもしれませんが......やっぱり、仕事は人なんですよね。属人性があってこそ仕事だなと。「個」で動く時代になってきている中で、自分の名前で仕事をするのは大事だと思ってるので、仕事の結果だけではない、その過程も大切にしたていきたいです。

「個」で動く時代に、仕事にどう意味を持たせるか。坂本の仕事の軸であり問いだ。

色々なところで新しい知り合いができると「三井不動産と仕事している」という方より、「三井不動産の誰々と仕事している」とおっしゃる方が多いんです。個人の名前で関係性を築いている人が多いのは三井不動産の財産だなといつも思っています。ただ、私はそういう社員とは違って、もともと人見知りで......シンポジウムのパーティーとかでも本当は端っこでビールを飲んでたいんですよ。それでは良くないのもわかっているので、シャイを捨ててがんばらないと、といつも自分を奮い立たたせてます(笑)。

――自分の仕事を通してつくっていきたい未来はありますか?

まず、自分自身が先ほどいった「街の小さな活動主体」の側になりたいですね。三井不動産という会社の名前でやっていると、色んなルールを順守していることが大前提として大事なので、良くも悪くもできないこともでてきます。街づくりって、実はゲリラ的な小さな動きで成り立つ部分もあるので、三井不動産の名前を持たない方が動きやすいこともたくさんあるとは思っていて(笑)。そうした小さい動きをつくるということを、私個人としてやってみたいです。

Bridgineを立ち上げて以来、「街づくり」とメディアの相性の良さを感じているという。「街の小さな活動主体」の側になるべく、もっと多様な関わりを増やしていける可能性を模索している。

また、もっともっと街の活動をオープンにしていきたいと思っています。これは日本橋に限らず。街って、みんなが関わるものですよね。だからいわゆる「街づくり」ももっと関わる人の業種や職種が多くていいはずだと思っています。街づくりをオープンなものにしていく時に、それこそメディアが機能する部分も多いと思うんです。街づくりのアーカイブやアイディアを蓄積するメディアを立ち上げて、街へのアクセスハブ的な役割をつくりだしたりとか、したいんですよね。小さい動きを生み出す仲間、社内外問わず募集中です!

初出:BNL(2020.02.28)

  • TEXT BY 八木あゆみ
  • PHOTOS BY 高木亜麗
  • EDIT BY 瀬尾陽(BNL)